百鬼一族 血脈の書

百鬼一族 血脈の書

当サイトは俺の屍を越えてゆけ リメイクのプレイ日記となります。

伽羅の懐古  1

「……それじゃあ、頼んだよ相棒」

「おう、任せとけ相棒」

 


にやりと口角をあげて、不敵に笑い合う。あたし達は拳を突き合わせて、固めた決意を示す。お互いに相手のことはよく理解している。だからこそあたし達は、お互いが心の内でどれだけ不安に思っているか分かっていた。それでもさ、それを表に出す気は決してなかったんだ。見せる気なんて更にない。お互い以外に悟らせる気はなかったんだ。

 


『……え、なんでそんなに周りには教えなかったのか、だって?

それはね、あたしが、あいつが、百鬼伽羅と百鬼梔子という人間だからだよ。そういう人間だから、仕方ないんだ。

あっはは!  意味わからないって顔してる。だけどごめんね、諦めて続きを聞いて?

あたし達はさ、自分達が家族からどう思われているか、どんな立ち位置にいるか、自分達がどれだけカッコつけか、よーーーく知っているからさ。そういうあたしだけは捨てたくなくて、…ね。

多分だけど、梔子もそうなんじゃない?  …いや、それは無いか。あいつ本能のままに生きてるところあるし……うん、梔子は違う。

まあとにかく、観念して大人しくあたしの話を聞いて?年寄りの長話なんて面倒だろうけど、一人で居るのはつまらないからさ。

だからお願い、あたしのわがままを聞いて……ね?』

 

 

 

 

 

 

千二十一年五月の初頭、百鬼家の広間に一族全員が集められた。いつもは口頭で今月どこに行くかを発表してそれで終わりなのだが、なぜ今月は違うのだろうか。

漠然と嫌な予感を覚えるもの、何処と無く察するもの、事態に振り回されるもの達を案ずるもの……部屋に踏み入った三人の気持ちは、それぞれの顔にありありと現れていた。

 


「芥子、恒春、山茶花……うん、皆集まったね!」

「きゃ……浅葱さま達は先に待っていたのね」

「呼び出した人間が遅かったら悪いじゃん?あと山茶花、無理して呼び直さなくていいんだよ?」

「いいえ。だめよ浅葱さま、家族でも分別は大事だもの」

 


ほわほわと笑う山茶花に笑い返して、今しがた来た三人に座るように伽羅は即した。

床の間側の中央に伽羅、彼女から見て右隣に樒、左隣に梔子の三人が、後から来た芥子達を待ち構えていた。

 


(……伽羅はいつも通りなのに梔子が静かね。普段だったら必ず二人で煩いくらい話し掛けてくるのに……本当に何なのかしら。樒は……あの子は普段通りの表情ね。一体、何なのかしら)

 


まだ一ヶ月と幼い樒は状況を分かって居ないのかも知れない。だがしかし、背筋をしゃんと伸ばし、普段の茶化した態度を潜め静かに前を向いている梔子の姿を見て、芥子は来る前に抱いた不安が更に大きくなるのを感じた。

 


向かい合う様に山茶花、芥子、恒春の順に座り終えたのを目で追い確認し、伽羅は樒の頭を撫でてそっと笑う。次に梔子と目線を向けて頷き合うと、意を決したのか口火を開く。

 


「前置きとか面倒ことを言う気は無いから、単刀直入に言う。

集まって貰った理由は、討伐について。今月、相翼院の最奥に居る親玉を倒して来ること。これを目的とし討伐に行ってきなさい。

隊長は梔子。隊員は芥子、恒春、山茶花。この四人」

「…………おや、だま?もしかして、あの話に聞いた天女……?」

「そう」

 


こういう事だったのか、三人は何故改まって呼び出されたのか、理由がすとんと胸に落ちた。

落ちた後、不安がじわじわと消しの心に根を張る様に蔓延っていく。私達で本当に倒せるのか…大丈夫なのか……と。

 


「梔子と何度も話し合った、自分達の力量がどの程度か……って。今のあたし達は最奥に行けるだけの実力はある。あたしも梔子もそう判断した、そう結論付けた。この判断は正しかったのか、今の自分達がどこまでやれるのか、それを知るためにも今月は相翼院に向かって欲しい」

 


普段と違う様子で話す二人の姿に伝播して、その場に居る人間全員に彼女たちの真剣さが広がっていく。

伽羅が目線を投げかけると、梔子が引き継ぐ様に口を開いた。

 


「今月の目標は相翼院大将撃破だ。余程のことがない限りこれは絶対事項だが、その時の様子を見て最奥に行くかどうかはおれが判断する。既に大いに消耗していたり、状況的に厳しいと思ったら今月は行かない。そこは安心してくれ」

「……今月‘ は’ってことは、いつかは必ずオレ達で行くんだね」

「当たり前だよ。それに、迷宮の大将1つも倒せずに、朱点童子を倒せると思う?」

「あー……うん、確かに。

倒したら今の自分はここまでやれるんだっていう確固たる自信に繋がると思うし……オレはちょっと興味あるから…まあ、いいんじゃないの?」

「…そうね。浅葱さまや恒春兄さまの言う通りだね、私もそう思うな。危なかったら梔子兄さまが撤退の指示をちゃんと出してくれるだろうし、私も賛成だよ」

「おう任せろ。もしもの時はおれが囮になってお前らは逃がすからな、安心しろ!」

「はあ……、兄さん。オレ達はそれ聞いて安心するタイプの人間じゃないから、寧ろ心配になるからね??」

 


左右に居る弟妹二人が討伐に納得している中、この場でただ一人、芥子だけが浮かない顔をしている。そんな彼女に一番に気付いたのは、話の輪に混じらずに家族の様子を伺っていた樒だった。

母である伽羅に、樒は家族の顔をよく見てるだけでいいから話に参加してね、と言われていたおかげか、はたまた本人が周りをよく見える性質だったのか、彼は誰よりも早く気づけたのだ。

 


(俺はまだそこまでこの人たちを知らん。それでも、この家の回り方はそれなりに見えているつもりだ。母さんと梔子が先導し、芥子が憂いて注意を払い、恒春が考察を深め、山茶花が最後の一押しをする…………。

危なくないことだったら何だかんだで芥子の許可が出るが、今回は死ぬ可能性がいつもより高いのと、芥子の性格が理由で心配なんだろうな、きっと。一番心配性な性格に見えるしな)

 


隣にある袖を軽く引いて、こっちを向いた母に目で芥子を見やる様に合図する。アイコンタクトに気付いた伽羅は彼女に目を向けると、即座にどういう気持ちでいるかを察した。

 


「芥子、不安?」

「…………ええ。正直、ね。もしものことあったら……誰か家族が欠ける様なことがあったら……私は、それが怖い。意気地無しなのは分かっているわ。それでも、それでも怖いのよ。もし、誰か大怪我を負ってしまったら、最悪死んでしまったら…って」

 


(迷宮の大将ともなれば、今まで相手してきて鬼達よりも強い可能性がとても高いわ。この子達の力量を疑ってなんかいない、安心して背中を任せられる人間だって知っているし、伽羅達が何度も話し合ったんだもの。そこは不安ではないわ。

でも、それでも不安になってしまうのは、疑ってしまうのは……嗚呼、もう嫌になる。

私が、足を引っ張ってしまわないか、私のせいで誰か亡くなってしまったら……もしもそんなことが起きてしまったら、なんて……。

……駄目だわ。私私って、自分のことばかり考えている。家族が死んでしまうことが怖いのは、本当の気持ち。だけど純粋に心配してるんじゃない、自分勝手なことばかり考えている。こんなことは絶対に知られたら駄目。  ……でも、まるで純粋に家族が心配な振りをするなんて、そんなことも出来ないわ。私はそんなに善良な人間ではないもの、そんなこと出来ない。  …………駄目ね、駄目すぎる。心中は自分のことばかり……)

 


何かを堪えるように胸元を抑える様子からは、周囲にも彼女が不安に感じているのがとても良く分かった。

普段の上二人に振り回されてもへこたれない、気丈で優しい姉を知っているからこそ、恒春達は今の芥子に何と言葉をかければいいか分からなくなっていた。恒春は何か言わないとと思って開きかけた口からは言葉は出ず、山茶花は伸ばしかけた手を中途半端に彷徨わせる。どうしよう、どうしようと、二人は芥子を挟んで狼狽えていた。

 


(いやあ見るからにアイツら狼狽えてんなー面白ぇ。芥子も含め真面目だな、おれ達の弟妹は。真面目ってか優しすぎ?もっと軽く考えりゃあいいのにな、生きるか死ぬかなんてどこでもいつでも付いて回るモンなんだからさー)

(討伐に出たことも無い俺から言えることはない、俺の言葉だと芥子には響かんだろうからな。……母さんは、何てフォロー入れるんだろう)

 


「…ねえ芥子、顔を上げて?」

「……」

 


緩慢な動作で顔を上げ、正面に居る伽羅の顔を見る。彼女は不安でいっぱいな芥子を安心させる為なのか、とても優しく微笑んだ。

 


「あんたが恐ろしいと思う気持ちは、決して悪いものじゃないよ。あたし達は人間だもん、危険を恐れるのは当たり前のことだ。ありがとね、家族を心配してくれて」

「ッ私は、  ……私はただ、臆病なだけよ。そういう風にお礼を言われるようなことはしていないわ」

 


(私は伽羅や梔子の様な強さはない、恒春の様に進んで戦いに赴く勇気もない、山茶花の様に冷静に判断出来る思考を持ってもいない。……駄目ね、悪い方にしか考えることが出来なくなっているわ。……当たり前じゃない、皆違う人間だもの。なのに羨んでいる場合では無いでしょう、思考を脱線している場合では無いでしょう…!嗚呼本当に本当に自分が嫌に)

「けーしーちゃんっ」

 


ぐるぐる、ぐるぐると心の迷路を彷徨いかけていた所を、いきなり顔を上げさせられたことで解放される。いつの間に膝同士がつきそうになる位近くまで伽羅が来たのか、芥子も全く気づけ無かった。

まるで悪戯が成功した子供みたいに明るく笑いかける姿は、当主として真剣に討伐命令を下した先程とは違う。いつもの自分達を困らせては笑わせて楽しませてくれる、普段の伽羅と同じにみえた。

 


「そうやって深く考えちゃうのは芥子の長所で短所だよねー。真面目過ぎるのも考えものだよ?」

「あ、あさ、……伽羅?」

「うん?なに?」

 


あまりにも普段通りの姿に、こういう会議や命令が出る時は分けていた呼び方が思わず戻ってしまう。戸惑う芥子をよそ目に伽羅は、添えている手で頬を揉んで柔らかーい、触り心地いい等言い出して、それはそれは自由気ままな振る舞いである。

 


(……シリアスがシリアルになってるんだけど。さっきまでの空気は何処に行ったの?オレ達どうすればいいの??)

(今は空気に徹するのが最善だと思うぜ、恒春)

(姉さま達良いなあ、楽しそう)

(山茶花まで混じったら混沌と化すから。オレ達と一緒に大人しくしてようね?ね!!)

(はーい)

 


そんな伽羅に周りはアイコンタクトでどうするんだこの空気と思わず会話する。何となくで伝わっている辺りから彼等の仲の良さがよく分かる。

一方で一人どちらの展開にも混ざらなかった樒はとう言うと、双方を眺めて自身の家族達の観察を決め込んでいた。

 


(母さんって素で態度を切り替えてんのか否か、どっちなんだろうか。天界で父さんに聞いた限りでは、細やかな気遣いが出来る素敵な人さ!……等と言っていたから、素の可能性が高い?

恒春達は邪魔にならない様に目でなんか言っておるが、よくあれで通じるな。俺はまだ家に来てそんなに経っていない、だから何言ってんのか分からんのか?それとも俺が察しが悪いのか?)

 


「あー楽しかった。芥子の頬はぷにぷにしてて最高だね!」

「‘最高だね!’じゃないわよ、もう。急になにしだすのよ……」

「あはは、ごめんね。芥子を構いたくてつい」

 


軽く謝り誤魔化す様に芥子の頭を1度撫でて、伽羅は元の位置に戻った。もしかして自分が暗い顔でもしていたから、それで切り替えさせる為にしたのかしら、と考えつつ抓られた頬を思わず擦る。

そんな芥子を前に、目の前に居るこの場の支配権を有している筈の伽羅は急に、それはそれはまるで世間話をする様に、簡単にとんでもないことを言い出した。

 


「正直に言ってしまうとさ〜?あたしも行かないで欲しいとか思ってるからね?普通に反対〜」

「おい」

「あっごめん、本音でちゃった」

「そのぽろりはよくねえと思うぜ??」

てへぺろって言うべき?」

「その言葉はTPOを考えて言おうな?」

 


(…………わあ、本当に衝撃の発言ね)

(はー……、姉さんは立ち位置的に思っていてもそれは言ったらダメじゃないの……?それでいい……いいんだろうなこの人は……)

(話が脱線してんな…。母さんも梔子も軌道修正せんのか?て言うか、誰もそのことを言わないのだな)

 


瞠目している芥子をよそ目に、伽羅は‘だって家族が死んだらやっぱり嫌じゃん?’や‘辛い思いして欲しく無いよね’等と、本音をぶち明かし続けては空気を更に壊していく。周りなんてしらんぷり、素知らぬ顔でぽろぽろと言葉を零し続けていた。辺りがそれでいいのかお前、と言いたげになっていてもお構い無し。

 


最初は何を言い出したか理解出来ずにいた芥子の頭が、重ねられる言葉によって思考を鮮明にしていまに返らす。

これは直ぐにでも上手く補完しないと、ただでさえ無いに等しい当主としての威厳が無くなってしまうのではないか。それだけではない、自分の母がちゃらんぽらんだと知ったら樒が悲しんでしまうのでは……?!!

当人が一番乏していることは、動揺し慌てているのと胸中の言葉なせいで誰も気付かない。オマケに言うと樒は自分の母親が愉快な人間だと言うことは、来訪初日で気付いている。が、このことは神のみぞ知るのであった。

 


「きゃ、伽羅……?私はもう落ち着いたから、ええと、気を、そう!気をまぎらわせてくれたのよね?」

「あ、そう?なら良かった。

それと更に言うと、あたし当主なんてやってるけどさあ、これもやりたくてしてる訳じゃないしさあ」

「…ぇ、は…………?  っッッ伽羅!何を言っているの!!」

「えー、だってホンネだから」

「伽羅!それでも貴女は当主なんだから!!そんなことを言うのはやめなさい!!」

 


それだけは言ってはいならない、大声で言葉を遮って無理矢理止めさせる。芥子はきっと目尻を吊り上げて、これ以上言ってはならないと飄々としている奴を睨み付けた。

 


芥子の視線の端に微かに映る樒と梔子は、まるでここからどう場が動くのか見守っているだけに見えた。樒は淡々と、梔子は面白そうに、それぞれ違う感情を秘めながらも、静かに芥子を見つめているのだった。

もし平常心だったなら、私はあの場を楽しんでいた梔子に一言は文句を言っただろうと後に芥子は語ったが、その話は閑話休題

 


(此処に居るのが私か梔子だけなら何も言わないわ、きっと話を聞いて寄り添ったわ。貴女は当主、私達を率いる長なのよ。思っていても皆の前で言うのは駄目でしょう!恒達も居るのに!貴女は私達の支えなのに…!!柱が柱であることを良しとしていないなんて、そんな…それは……!

…私が弱音を吐いてしまったから?そのせいなの……?!)

 


また揺れ動いてしまいそうな芥子とは違い、伽羅は睨まれていてもお構い無しだった。ふ、と不敵に口は弧を描かせて小さく笑うと、真っ直ぐに見返してきた。

一呼吸置いて瞳を一度閉じてゆっくりと開かれた伽羅の瞳には、先程見せていた笑みは身を潜めた。だがその目には静かに、しかして雄弁に語る燃え何かが浮かんでいた。

真正面から見てしまった芥子は、その変わりように思いかけず硬直してしまう。

 


「そうだよ、あたしは当主だ。三代目浅葱こと百鬼伽羅だ。悲願を達成するタメに、朱点童子を倒すタメにあんた達を使う人間だ」

「あたしも含めて百鬼一族は、大いなるモノに振り回されるただの人間だ。振り回すのは鬼か、神か、……それとも、人間か。  

はは、振り回されてるなんて、あたしの被害妄想かも知れない。だから今からのあたしの発言は、馬鹿が馬鹿してるとでも思って聞いて欲しい」

「ねえ、その大いなるモノから見たらさあ、あたし達って何なんだろうね。無様に這い回る虫けら?それともただ不格好に動いてるからくり人形?ひたすら食べ物を探してさ迷う野良犬?」

「────いいや、いいや違う。

違うんだよ!!あたし達振り回されるモノにだってイシはあるんだよ!!当然だよね、人間なんだから!!!」

「傍から見たらそりゃあいい見世物だろうよ!!だけどさあ、あたしは思い通り動いてやるつもりは更々無い!!!だって、だって生きてんだよ!!!」

 


まるで自分の心臓が動いていることを確かめるが如く胸元を強く掴みつつ、畳を力強く片足で踏み付けて伽羅は叫んだ。全てを吐き出しむき出した、心からの声だと、周りにいる家族達にその叫びが鋭い刃物の様に肌に響いて伝わっていく。

 


「芥子、あんたのそれは尊いもんだ。こんな家だからこそ、あんたみたいな優しさを持つ人間は大事だよ。芥子のことだからごちゃごちゃ考えて負の輪廻しそうだから言うけど、あたしはそうやって家族の心配をしてくれて本当に嬉しい」

「きゃ、……浅葱様」

「でもごめん。あたしは当主だから、その気持ちを優先して行かない選択をすることは出来ない。

さっき言った通り、あたしはあたしと家族が振り回されるだけのモノとしてイシ無く終わって欲しくない。

じゃあどうすればいいと思う?  ……少なくとも、力が無いといけないとあたしは思ってる。弱いヤツは、こんな世界で自分を貫くことは難しいから。

……本当に考え過ぎだと思いたいけど、はっきりと無いって言いきれない様な世界だから、さ。こんな世の中で自分を貫くには力がいるから…あたしは、家族が振り回されて弱って死んでいくなんてことがあったら嫌なんだよ……!!!」

 


痕がつくのではないかと心配になる程に、伽羅は言葉を重ねる毎に強く強く胸元を握り締める。だいぶ歳を取っているからか、それとも今まで奥底に秘めていた思いを吐き出したからか、ただ吐露しただけで何故だか莫大な疲労感が襲ってきた。

ふう、と荒く逆だった心を鎮めるべく息を整えると、伽羅は目の前で呆然としている優しくて

真面目な彼女の腕を掴み取る。

 


「芥子、あんたには別に一つ命令する」

「え……?」

「あたしは、次に繋げないといけないからあんた達と一緒には行けない。だから、……ごめん、お願い。あたしの分まで戦ってきて」

 


毅然とした声とは裏腹に、芥子の手を掴む力はとても弱い。その顔はしっかりと自分に向いているが、見詰め合う瞳の奥に見える色は弱々しく、不思議と縋り付く子供のみたいに感じた。

 


唐突にとんでもないことを言い出したと思ったら、今度は少しも気付かせることが無かった心情を吐き出し、更には長の顔をしているのに不安げな目をする。

目まぐるしく変わる伽羅の顔に困惑しそうになるが、けれども強く真剣に語る彼女がなんと言いたくてそうまでしているのか、その気持ちは確りと芥子に伝わっていた。

 


(ここまで言わせてしまうなんて……駄目ね、私)

 


自身の腕を掴んでいる伽羅の手を、空いていた片方の手でそっと覆う。弱々しく芥子を見つめていた水色の瞳は、重ねられた手に思わず目を向けた。

 


(怖いことに変わりはないわ。死んだら嫌、痛い思いも辛い思いもするかも知れないなんて考えたら震えそうになるわ。

でも、だからって私を頼ってくれる家族を無下にはしたくない。伽羅は私なら出来るって信じてくれている。その気持ちを、無下にはしたくない。家族に任せて自分は安全な所で引きこもるなんてことも、したくない。

私は、弱い。それでも、それでも……!)

(死ぬのは怖い、家族に何かあったらもっと怖い。……だけど怯えて何もしないなんて、弱いままはもっと嫌!!)

 


「……浅葱様、御手をお離してください」

「ぁ、……うん、ごめんね」

「いいえ、お気にならさず」

 


今までの憂いていた表情は抜け落ち、いつもの優しくも凛とした彼女に戻った。更には急に角張った喋り方をする芥子に、今まで場の中心であった伽羅は思わず動揺して言葉に詰まる。

いいや、動揺しているのは目の前で見ていた伽羅だけではない。芥子以外のその場に居る全ての人間が、唐突な彼女の変わりように様々な気持ちを抱いたのだった。

 


(我らが当主がくるくる色んな側面見せてきたと思ったら、今度は我らが真面目っ子が何か決心した様な顔になった。これはそろそろ話に決着がつく感じかー?)

(多分、大丈夫そうだよね……?芥子も伽羅姉さんもヤバそうだったら、オレが無理矢理話に入るべきかと思ったけど…良かった)

(芥子姉さま、何だか憑き物が落ちた見たいな顔をしているわ。伽羅姉さまの話を聞いて決心が着いたのかな?)

(人心掌握、信頼忠義、信仰心……いや、家族愛親愛か?なるほど、これが当主の仕事か)

 


周りが何を思っているかなんて露知らず、中央の二人の世界は動いていく。

一歩前に出て芥子に近付いていた伽羅は、腕を離したあと芥子の様子を訝しみながらも元の位置に座り直した。様子を見るに不安を和らげることは出来たのかなと思案しつつ芥子を見ると、彼女は腿の上に置いていた両手を静かに滑らせて上体を折り、己に向けて厳かに礼をした。

頭をは畳と水平になり、両肘は綺麗に腿に密着している。

驚く周囲を他所に、最敬礼をしたまま芥子は口を開く。

 


「浅葱様」

「……なに?」

「百鬼家初の迷宮の親玉討伐の任、謹んで承りました。天女を討ち果たし、見事帰還して見せましょう」

 


(これを見栄なんかにしない。放った言葉は戻らない、言ったからにはやるの。

……出来るでしょう、私。一人じゃ無理だけど、梔子も恒春も山茶花も居る。私達なら、やれるでしょう?)

 


覚悟を決めると、ゆっくりと芥子は顔を上げた。その顔は

 


「…………ぶっっっは!!ふは、あっはは!」「え?!今笑うとこ!!?」

「おー、芥子かっけぇ。ひゅー!」

「梔子兄さんも何言い出してんの?!!」

「ご、ごめん、はは、だってこ、こう来るとはさあ……っ!」

「芥子姉さまかっこいい……!私もしようかな?」

「いやー、二番ぜんじなるから別の方向で攻めた方がいいんじゃねえの?」

山茶花はちょっと静かに!兄さんは脱線させない!!」

「はあ……笑い過ぎじゃないかしら」

「ご、ごめん……!」

 


呆れてため息を吐く芥子を他所目に、ちょっと待ってと深呼吸をして伽羅は呼吸を整える。

 


「はー死ぬかと思った」

「人が真剣に決心した思いを笑うのはどうかと思うわよ……まあ、貴方のことだから仕方ないけど……」

「本当にごめんね?そう来るとは思わなくってさ。

でも、いいんじゃない?その覚悟、果たされるのを楽しみに待ってるから」

 


にっと楽しそうに笑う伽羅。

すると任せてと言わんばかりに芥子は微笑み返した。

 


「浅葱様の分まで戦うのは、悪いけど私だけじゃ力不足だから遠慮するわ」

「えっ、それは悲しいんだけど。あたしの必死な思いが!」

 


よよよと泣き真似をして、袖で涙を拭う振りをする。

 


「だから、代わりに討伐する皆で浅葱様の分まで戦ってくるわ。

……って勝手にそうしたいと思っているのだけど、いいかしら?」

「おういいぜー。一人で背負うには相棒の思いは重そうだからなあ〜」

「ちょっと!それは酷い!」

「確かに、重そうだよね。オレもいいよ」

「恒春まで!」

「それだけ浅葱様の思いは強いってことだと思うよ?私ももちろんいいよ、芥子姉さま」

山茶花まで!もー!」

 


もう怒った皆知らない!とわざとらしい嘘泣きをしながら伽羅は飛び出して行った。呼び出した本人が居なくなった為、ここで会議は終わりとなった。

最初の深刻さはもうこの家には無く、皆出て行った当主に様々な思いを持ちながらも探しに行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『 ────結局の所、あたしに一番夢を見ているのは芥子なんだよ。真面目でしっかりしてるからこそ、期待してくれてるんだと解釈してるけどね。そこが愛おしいし、……可愛いし。困った子だよ、もう……あたしを振り回すんだから。あ、こう言ったら伽羅が振り回すんでしょって怒られるかな?

…あの子のお父さんの延珠兄は真面目な人でね、初代当主に託された言葉やこれからの当主と四流の一族の在り方や己の役割とか、全部きちんと託して逝ったんだよ。お父さんそっくりな芥子は全て受け継いだ。それは悪いことだとは言わないよ?意志を受け継ぐことはあたし達皆していることなんだから。

それでも、さあ。もう少ーーーし、好きに生きていいと思うんだよねえ』

 


勿論、あんたもだよ?  次は何を話そうかなと、そう言うと彼女は名前の通りきゃらきゃらと愛おしそうに笑った。その瞳にはどこか慈愛に満ちているように、何故だか不思議とそう映った。