百鬼一族 血脈の書

百鬼一族 血脈の書

当サイトは俺の屍を越えてゆけ リメイクのプレイ日記となります。

日常小ネタ2本

 

男はつらいよ、野郎二人のダベリング

〜思春期心を添えて編~


「あーーーー……暇だ。こーしゅん面白いことしてくれ。

はい3、2、1!」

「は?する訳ないでしょ馬鹿じゃないの?」

「えー、んだよ。つれねぇなー」

「兄さんと違ってそこまで暇してないから。テレビ観てればいいじゃん」

「いま面白い番組やってねえんだよ、だから暇を持て余しんだよ」

「どんまい」

「ほら恒春も構ってくれねえしさーーーー」


とある日の居間にて。隣でごろごろと畳を転がる梔子に、恒春はため息をつきたくなった。自分は愛用している三味線の糸の張替えで忙しい。だから正直言って絡んでくる梔子が煩わしくて堪らなかった。


家の女衆プラス樒は茶屋巡りをして来ると出掛けている為、現在この家には自分と梔子しかいない。

一緒に行かないかと二人共誘われてはいたが、気分で無かったので断っていた。だからこうして家で二人きりを満喫しているのだ。


「鍛錬する気分じゃねえし、テレビも面白くねえし、だからって外に出掛けたら恒春が一人でお留守番になって可哀想だし?」

「ちょっと梔子兄さん、人を幾つだと思ってるの?別に平気だから。行きたいなら行ってくれば?」

「年端もいかない子供だと認識してるぜ。

外に行く気分じゃないんだよ」

「その発言そっくりそのまま返してあげる。うちは皆一桁か零しかいないよ。

ならもう昼寝でもしてたら?」

「そういう気分でもねえんだよ~~だから困ってんだ。

恒春それまだ終わらねえ?」

「まだだよ」

「まだか~~~」


ぐでんぐでんとダル絡みしてくる兄を流して、恒春は手元の作業を進めていく。梔子は作業の邪魔をしてこない位の良識はある様だが、それが出来るくらいならもう少し静かにして欲しいと恒春は思った。


だがこのまま放置していれば、何れこのウザさが悪化するかもしれない。小さくため息を吐くと、恒春は適当に構ってやるべく話題を考える。

珍しく二人きりなのだ、こんな機会でも無いと聞けないことでも聞いてみよう。今まで兄に対して抱くことがあった、取るに足りない疑問を恒春は話に挙げてみることにした。


「梔子兄さんさ、」

「んーーー?何だよ?」

「この間、兄さんは交神してきたでしょ。知識としてはあるけど、実際のところ交神ってどんなものなの?」


伽羅や鹿子の口からどんなものそれとなく聞いたことはあったが、同性視点での交神がどの様なものかは恒春は知らない。父とそんな話をしていたのかも知れないが、生憎と恒春の記憶には残っていないのだ。


交神がどの様な儀式かは勿論知っている。奉納点を払い、希望した神の元へ赴いて約一月共に過ごす。その間に心を交わし、お互いの素質を混ざらせることによって新たな一族を誕生させるというものだ。

素質の混ざらせ方は神それぞれで違う。人間の様に閨を共に過ごして誕生させるものや、その神の力量や方針によっては、ただ共に過ごすことで緩やかに混じらせるものも居る……のだとか。


閨を共にする方法の場合がある故に、異性である姉達には気恥ずかしくて聞き難い。

その分梔子ならば、同性であることと本人の気質的にも聞きやすい。

今まで自分からは恥ずかしくて誰にも聞けなかったせいで、交神への多少の興味が恒春にはあった。


「交神なあ……別に物珍しいことをおれはしてないぜ?

約1ヶ月間交神相手のとこで適当に過ごして、一際デカくて綺麗な蓮の花に相手の神力とおれの技力をちょっとずつ混ぜたりしたな」

「蓮の花……?なんで花なの?」

「おれの交神相手の八葉院蓮美って神様は蓮華に関係してる神様でさ、自分の象徴な蓮におれと自分の力を混ぜるのが最も生み出しやすかったんだと」

「へえ、そうなんだ。その神様ならではだったんだろうね」

「多分な。だから恒春が聞きたかった様なことはしてないぜ?

いやー悪ぃな、思春期の興味を引く話題じゃなくて。エロい話を期待してただろうに……ごめんな?」

「はっ……!?そ、なっ、はあ?!!!」


からかいの言葉を受け、恒春が顔を真っ赤にして寝転んでいる兄を見ると、梔子はニヤニヤした顔で肘をついて楽しそうにしていた。

図星か?なんて聞いてくるせいで、自分がどんどん焦って混乱してきているのがよく分かる。


「馬鹿じゃないの?!ばっっっかじゃないの?!ほんと兄さんのそういうとこが嫌なんだよ!!そんな訳ないでしょ!!」

「そんなに面白い反応されると兄さんはもっとからかいたくなるって、いい加減恒は学習した方がいいと思うぜ?」

「梔子兄さんがしなきゃいい話じゃん!!やめろよ!!」

「そればっかりは無理だなーおれの性だから!ごめんな!」


良い笑顔で親指を立てる兄。テンパるあまりその親指を反対方向へ曲げる自分。痛いと悶絶して転がり出す兄。やり過ぎたと自覚して更に混乱する自分。

その場はカオスに包まれた。


「いっっっってえ!!!!!骨が!!骨が!!!!!変な音した!!!!」

「うわ、あ、やば!!ごっごめん兄さん!!今のは本当にごめん!!!」


動き回る兄の手を掴み、お雫を何重にも唱える。幸い骨は折れていなかった様だが、短時間で少し腫れていたのを見るに、捻挫させる位の力で曲げてしまったらしい。自分が常人よりもよっぽど力が強いことを自覚していないことをしてしまった。同じく人離れした力を持つ兄だったからこれ程で済んだが、一般人だったら折っていたことだろう。

あんなに熱くなっていた頭が急に冷めていく心地に陥る。幾ら焦っていたとしても、人を傷つける等あってはならないのに。


「回復ありがとな、助かった。それにごめんな恒春、今のは兄さんがからかい過ぎた。親しき仲にも礼儀ありだってのに、ごめん!」

「ううん、オレの方こそごめん兄さん。怪我させるなんて酷いことして……本当にごめんなさい……」


赤かった顔が今では青白くなってるだろうことを実感出来る。自分の力は鬼を倒す為のものであって、人に向けるものじゃない。普通の人は滅多なことでも無い限り人を傷つけたりしないのだから。

このことを重要視している恒春にとって、咄嗟とは言えやったことはとても耐え難いものだった。


そんな己に対して、兄はしょうがないなと言いたげな顔で頭を撫でて来た。べたべたするのを好まない気質なせいでつい固まってしまったが、兄が自分を慰めたくて撫でてくれているのだと理解しているから大人しく撫でられる。大丈夫、大丈夫と頭を撫でられるのは気恥ずかしくて堪らないが、安心してしまうのもまた事実。


「お前ってほんと気にしいだよなあ。よしよし、おれは気にしてないから。寧ろ恒春が気にし過ぎることが気になるからな」

「性分なんだから仕方ないでしょ、ほっといてよ」

「それを放置出来ないのが兄貴ってもんだぜ?多分恒春も、年長の立場になってきたら分かるかもな」

「ふーん……そういうものなの?」

「ああ。そーいうもんだ」


中間子の立場となった今でも、末の子だった頃とあまり何かが変わった気はしない。もっと大人になったら分かるのだろうか。

話しているうちに、あんなにも上下していた気持ちも落ち着いた。この兄や出かけている片割れの姉が、自分を可愛く思っているのを知っている。そのせいでウザいことも。だがまあ、恒春は可愛がられていることが別に嫌では無い。たまに面倒なのは事実だが。

ただもう少し加減をして欲しい。


もういいと言うと、兄は何も言わずに撫でる手を下ろした。普段からこれくらい人の話を聞いてくれたらいいのに。


気を取り直して、恒春は脱線に脱線を重ねてしまった話題を元に戻した。あれだけテンパったのだ、もう変なからかいはしてこないだろう。


「……ねえ、梔子兄さん。相手の女神ってどんな神様だったの?」

「ん?蓮美か?

あーそうだなあ……神に対してこの物言いが変なのは分かってるけど、何つーか、思ったよりも人っぽい神様だったな」

「そうだったの?例えばでいいけど、どんなところがそう思ったの?」


胡坐をかいて己の肩に流している髪で手遊びをしながら、梔子は具体例をあげて自分の交神相手について話出した。恒春は糸の張り替え作業を再開しつつ耳を傾ける。


「あいつ、自分のことを泥まみれの花だって言ってたんだよ。

蓮って泥中の蓮って言ったりするだろ?そんな言葉があるからかは知らねえけど、そうやって気にしてたんだよ。

あれにはマジでびっくりした、神様でもそういうことを気にするのかって」

「確かに……。オレは母さんしか神様は知らないけど、そういうことを言っているのを聞いたことが無いよ。神様も神其々、なのかな」

「かもな、おれの親父もそういうタイプじゃなかったし。親父は自分がどうかとか考えて無かった様な覚えしかねえ」


恒春の母、東風吹姫はお淑やかな女神だった。もしかしたら母も兄の交神相手の様な悩みがあったのかも知れないが、自分が母の子供だったからか、そんな一面は一切見たことがない。

話に聞いたことがある兄の父、火車丸様は交神には乗り気では無かったらしいし、神とは皆その様なイキモノだと思っていた。


(でも梔子兄さんの父神様ってなんやかんや兄さんを大事にしてるよね。自分と同じ耳飾りを渡してるし)


興味が無く面倒なだけだったら、自分と同じものを渡したり等しないだろう。もしかしたら今まで己が気にしていなかっただけで、神とは自分が思っている以上に人間と重なる性質を持っているモノもいるのかも知れない。


「正直言うと、あの神様はおれの相棒よりも見た目通りなその辺の女の子ぽかった気がするな。人からしたら大したことじゃなくても、そいつからした凄く気になることを持っているところとか。こっちに慣れるまで人見知りみたいにつんつんしてたとことか。

あ、この言葉は伽羅には内緒だぜ?絶対どやされる」

「言う訳無いでしょ、言ったら巻き込まれるのが目に見えてるんだから。

……ね、交神って一ヶ月も一緒に居るでしょ。そのさ、」


恒春はもごもごと喉元で言葉を詰まらせた。気になるから聞きたい、だが内容的にまたからかわれるかも知れない、その考えが躊躇いを生んでしまう。

糸の張り替えはとっくに終わったのに、口の代わりに手が動いて意味も無く触ってしまう。


自分の様子からなにか察したのか、兄はどうしたのかと優しく聞いてきた。


「どうした恒春。今ならなんでも答えるぜ?」

「……またからかわない?」

「努力はする」

「何それ……またしてきたら次は暫く口聞かないからね」

「うげ、それは勘弁。口塞いでおくからさ、聞きたいこと聞いていいぜ?ほら」


両手で自分の口を塞いで、梔子は何も言わないと意思表明をした。流石に二回連続で馬鹿をするほど己は愚かでは無い筈だ。それでももしもが起きたら恐ろしいから、恒春は一回大きく深呼吸をしてから兄に質問をする。


「……上手く言えないんだけどさ、一緒に居て、特別に好きになったりしたの?

その、人が夫婦になったり、恋人になったりするのと同じ感情で。

父さんも鹿子姉さんも伽羅姉さんも、そういうこと言ってるのを聞いたことは無いけどさ。正直さ、気になるんだよね」

「……!!」

「うわっ、態度だけでウザいのがわかるんだげどウッザ!!」


恋愛に興味がある子供の様な発言をしている自覚はある。チラリと、気恥ずかしくて合わせれなかった視線を兄にやってみると、兄はウザくて気持ち悪い形相をしていた。何だその感動したみたいな震えと顔は。

将来弟妹や子供に似たようなことを聞かれることがあっても、自分はこんな反応は絶対にしないであげよう。人生で三本指に入るレベルでこれはムカつく。この兄とあの姉程、自分の人格形成に影響を及ぼした人間はいないと思う。反面教師になってくれてアリガトウ。


全身で煩わしく思っているのを表していると、梔子はちょっと待ってくれとタイムを要求してきた。“仕方が無いから三分間待ってやる”なんて、昨日の夜樒の情操教育の為に家族皆で視聴したアニメ映画の真似をして待ってやった。


居間に飾られている掛け時計に目をやり、三分きっかりとこの残念な兄を待つ。

流石に百八十秒も与えたからか、平常心を取り戻したらしい兄は普段通りの軽口で恒春の問いかけに答えた。


「人によっては好きになる一族が居たかも知れないし今後出て来るかも知れないけど、おれはあの女神に対しては親愛と友愛の二つを覚えたな。悪いが恒春が期待した様なモノは抱かなかった」

「そうなんだ。そこも人と神其々、なのかな」

「そう思うぜ?まあ色恋沙汰なんざ、おれ達には縁遠いからなあ。切った張ったと家族だけでも手一杯だ」

「もっとおれ達が強かったり、寿命が長かったら違ったかも知れないけど、こればっかりは仕方が無いからね」

「だなー」


兄も自分もその辺を割り切っているからか、話している内容は重たいものなのに二人してあっさり口にした。

恒春は自分が人間らしくない感性を若干持っていることを気にしているが、呪いに関してはそこまで気にして居なかった。何故なら呪われているからこそ世間一般の常人との違いで悩んでしまうが、呪われているせいでどうしようも無いモノについては割り切っていた。

普通じゃないからこそ普通と同じでいたい。普通じゃなくなっているモノがどうしようも無いから、だから恒春はそう思うのだ。


「……オレは、どうなるんだろ。将来交神したら、どう思うのかな」

「さあ?そればっかりはおれにも分からねえな。後の自分と話し合ったら良いんじゃね?」

「うん、そうだね。考えても、これはどうにもならないや」

「そーそー。ま、もし恒が交神した後でもおれがまだ生きてたら、そん時は話を聞いてやるぜ?」

「死んでたら墓に向かって話しておくね。梔子兄さんに選択肢は無いから」

「ぶはッ、ふ、マジか。もしもでも、くくっ、死後の楽しみがもう出来て兄さん嬉しいなあ!」


何処が面白かったのか理解できないが、恒春の発言がツボに入ったらしく梔子は腹を抱えて笑い出した。今の言葉の何処が面白かったのか、理解できず兄に白い眼を向けていたら、玄関から姉達の声が聞こえてきた。どうやら帰ってきたらしい。


「ただいまー、二人共今帰ったよー」

「ただいま、お土産にお菓子を買って来たわ」

「いま帰ったよ。樒ちゃん、外暑かったからお水飲みに行く?」

「ただいま。そうするとしよう。母さん達も飲まんのか?」


あたしも水分補給しようかな、そうね、なんて声が聞こえて、先に全員分の水を出しておいておこうかと立ちあがった瞬間のこと。人にべたべたしていた兄が一瞬のうちに離れた走って居間を出て行った。嫌な予感しかしない恒春は、三味線を持ったままなのも忘れて一足遅れて追いかける。


「全員聞いてくれ!さっきこーしゅんがなー!!」

「兄さんちょっっっっと待った!!!なに言う気なの!?内容によっては許さないからね!!?」

「安心しろ!おれは兄心がある系男子だから!変なことは言わねッ、ちょ、恒春くん三味線は槍じゃねえから!突いてくるんじゃねえよ?!あっぶねえな?!」

「うるさい馬鹿なにを言うかオレに言ってからにしてよ馬鹿!!!」


わーわーぎゃーぎゃーと家の中を全力疾走で兄を追いかける。多分酷いことを言いはしないとは信じている。だが多分としか言えないのだ、今までの兄の日ごろの行いがアレなのがいけない。

いつの間にか玄関を通り越し帰って来た四人が見えなくなった。だが追いかけっこをしている恒春達が気付かない。


「……伽羅」

「なーに芥子ちゃん」

「埃が立つからあの二人を止めてきてくれないかしら。私では止めれないと思うの」

「残念ながらあたしはもう二人に追いつける脚力が無いんだよねえ。山茶花、樒。お願いしてもいいかな?」

「分かったわ姉さま、兄さま達を止めてくるわ」

「……どう考えても、まだ俺には無理だと思うが」

「これも訓練だよ樒。飲み物とご褒美にちょっとしたおやつを用意しておくから、ね?」

「はあ………………なら、分かった」

「二人共お願いするわ。私は伽羅と用意しててもいいかしら?」

「人数が多かったら狭くて停めにくくなるもの。勿論よ芥子姉さま」

「さっさと終わらせるぞ。行くぞ山茶花

「はーい」


そんな会話があったとか無かったとか。その場を離れてしまった恒春達は知る由も無かったのだった。

 

 

 

 

 

そう呼んだら喜ぶことは知っている

 

母と芥子は家。梔子と恒春は鴨川に釣り。自分は山茶花に手を引かれて、初めて子供だけで街へと出かけている最中だ。

昼頃に日課の鍛錬を終えて、家事も粗方目処がついて暇を持て余していた。これと言ってすることも無く、昼間から長風呂なんて物珍しいことでもしようかと考えていたら、お湯が勿体無いからと母に止められた。せめて夜まで待てと。


仕方なく家を散歩して暇を潰していると、同じく暇だったらしい山茶花に街に行かないかと誘われた。今まで必ず一人は大人が居る状態でしか街へ出たことは無く。それもあって子供だけで出掛けることへの興味と、とくに断る理由も無い故に出掛けてみたが……これが結構楽しいものだった。


「えへへ、樒ちゃん嬉しそう。このお店のあんみつ、気に入ったの?」

「……そうかも知れない。

が、山茶花と二人でどこかに行くのは初めてで、それが新鮮で……跳ねるものがある」

「んんん……、それって私と出かけるのが楽しいから心踊ってるって解釈してもいい?

そうだったら、とっても嬉しいなあ」

「かも知れないし違うかも知れない。好きにしたらいいんじゃないか」


うん、そうするね。山茶花はあんみつを食べている樒を見て、楽しそうに笑った。食べながら、目の前で同じ物を食す山茶花を一瞬だけ見る。目が合うと、彼女はまた楽しそうに笑った。

正直樒は、なぜ山茶花が自分にここまで優しくしてくれるのか分からない。初めての弟が嬉しいのか、元来そういう性格なのか。自分が愛想が悪く口も悪いと自覚しているから、なおのこと首を傾げたくなった。


だが聞きたいと思う程でも無い。だからきっと、向こうから理由を教えてくれるか、己から聞かない限りは一生分からないだろう。


「樒ちゃん、次はどこに行きたいとかあるの?」

「そうだな……街を見て、物色するの嫌いじゃない。だから、適当にうろつきたい。

それくらいだから、嫌なら帰って構わない」

「ううん。そんなことないよ?

私もまだ街を見たいから、樒ちゃんと一緒に見て回ってもいいかな?」

「好きにしろ」

「ふふ、やったあ。じゃあまた手を繋いで歩こう?私達はまだ小さいから、一度離れたら大変だもの」

「……ああ」

「家の近くまで帰ったら手は放すよ?そこは安心してね」


そういう年頃になったのだろうか。ここ最近、誰かと手を繋ぐとほんの少しだけ居心地が悪く感じてしまう。

ちょっと前までは、そうではなかった。繋ぐことで重なる手のひらが温かくなるのが面白くて、好きだったのに。

 

成長に心が追い付いていないのか、だから戸惑ってしまうのだろう。


「ねえ樒ちゃん」

「なんだ」

「いつも街に出かけるとき、私達がまだ小さいから必ず姉さまか兄さまの誰かが一緒でしょ?

でも偶にはまた、今日見たいに樒ちゃんと二人でお出かけしたいな。

姉さま達とお出掛けするのも勿論好きだけど、引率されなくたって現に私達は平気だもの。

ね、どうかな?またお出掛けしてくれる?」

 

別に一度も子供だけで出かけるな、と言われた訳ではない。

だが暗黙の了解の様に、いつの間にか自分達は、出かける時は必ず大人と共に出ていた。


そう、だから決して今の自分達は悪いことをしていない。それなのに何故だか、悪事を働いている様な刺激と高揚感を覚えてしまう。

きっと山茶花も同じ気持ちなのだろう。


「そうだな、また街へ来よう。

……ただし、出かける時は母さん達には内緒すること。これが条件だ。その方が、きっと面白い」

「……!

うん!  勿論よ。姉さま達には内緒ね」


嬉しそうに笑う山茶花につられて、己の表情筋が僅かに動くのを感じた。

きっと今の自分は、年相応の子供らしい顔をしているのだろう。


「そうだ、約束の証にさくらんぼをあげるね。さくらんぼ、樒ちゃん好きでしょ?」

「確かに嫌いじゃないが……いいのか?」

「うん。これは約束の賄賂だよ?

貰ってくれないと困るなあ」

「……そうか、なら俺は蜜柑をやる。

これで取引成立だ」

「わあ……!ふふ、ありがとう樒ちゃん」


互いに皿に入っている果物を交換し、直ぐに口の中に放り込む。約束の証なのだ、食べて飲み込まないと成立したことにならない。

おままごとの様な幼稚なやり取りだと理解しているが、自分達はまだ子供だ。こんなことをしても誰も咎められないだろう。


「はあ……美味しかった。ご馳走様でした」

「もう直ぐ俺も食べ終わる。

少し待ってくれ」

「急がなくていいんだよ。焦って食べたら味が分からなくてなって、美味しくないでしょ?」

「……確かに。

山茶花、お茶でも飲んで待っててくれ」

「はーい。ゆっくり食べていいからね、樒ちゃん」

「ああ」


山茶花は茶を飲みながら茶屋の窓から広がる景色を見だした。器にまだ残っているあんみつを口に含み、何か気になるものでもあるのだろうかと、樒も釣られて外を見る。


山茶花、どうかしたか?」

「ううん、何でもないの。ただ、賑やかだなあって思っていただけだよ」

「この辺りは繁盛している区間だからな」

「そうね。私達の初代様と二代目様が天界から戻って来たばかりの頃は、京はもっと荒れ果てていて人々も今より少なかったみたいだけど……想像つかないね」

「記録に書かれていて街の住人が覚えていても、俺達は生まれてないからな」

「そうだけれど、それをちょっと寂しいって感じちゃうのは私達が生きているからかな?」

「さあな。俺にはわからない」


話しつつも食べ終えた樒は、手を合わせる。

山茶花の情感は分からないことは無い。だがそれはどうにもならないモノだ、考えるだけ無理だろう。

 

山茶花はと言うと、樒の言葉を受けて何処か寂しそうな顔をした。


「樒ちゃんははっきりしてるのね。私はこういうことを考えるとつい感傷的になっちゃうから……凄いね、憧れちゃう」

「……山茶花は感傷的になっても切り替えが早いだろ、俺はそっちの方が憧れる」

「ほんと?  ふふ、そう言われるとお世辞でも照れちゃう。嬉しいな。

私ね、切り替えの早さには自信があるの」


口元を緩めて笑う山茶花に、世辞では無いのにと胸中で呟いた。

まだ共に居た時間は短いが、訓練時や平時、討伐後の姿等から山茶花は切り替えが早い人間だと樒は思っている。

 

訓練時に動きが悪くて強く言われた時、姉と兄が傷だらけで共に帰還した時。自分の次に幼いのに、彼女が冷静を欠いている姿は未だに見た事が無い。


あんみつを集中して食べていたせいでぬるくなったお茶を飲み干すと、樒は会計をする為に懐から財布を取り出した。


「いいのよ樒ちゃん。街に出かけようって私が誘ったのだから、私が払うわ」

「いい。あんみつを食べると決めたのは俺だからな」

「私は姉さまだもの。弟に良い所見せたいの……駄目?」

「駄目だ。金のやり取りはどんな人間関係だろうが決してしてはいけない、と母さん前に言っていた。だから、自分の分は自分で払う。

良い所はまた別の機会で見せてくれ」

「む、伽羅姉さまがそういうのなら仕方ないかあ。

……いつか絶対、姉らしい姿を見せるからね?」

「そうか、程々に頑張ればいいんじゃないか?」


程々ってどういうこと?  とむくれた顔をする山茶花を放置し、一足先に会計を済ませる。

 

遅れて会計をする彼女をよそに、何の気なしに自分はさっさと店を出でた。

 

慌てる山茶花の声が聞こえるが、それも流す。意地悪い真似な気もするが……たまには良いだろう。それに、あたふたする山茶花が少し面白い。

 

人として良くない成長を遂げようとしている気がする。だが母や兄がはしゃいで姉達を疲労させている姿に比べたら、己なんめ可愛いものだろう。


一人店の壁を背もたれにして思考に耽っていると、会計を終えた山茶花が小走りで樒の元へとやってきた。そんな彼女は頬を膨らませている。


「もう、樒ちゃん!  一人で出て行ったら駄目でしょう?

知らない人に声を掛けられたらどうするの?」

「なったならまあ、その時は相応の態度を取るだけだ」

「一番良いのははそうならないことだよ?  

樒ちゃんは私よりも子供なんだから。用心するに越したことはないんだよ?」

「それを言うなら山茶花だって子供だろう」

「でも樒ちゃんより大きいよ?

いーい?  次からは勝手に出て行ったら駄目だからね?」

「分かった分かった」

「返事は一回、だよ?」

「……分かった」


山茶花はどうにも、姉らしい振る舞いをするのか好きらしい。樒の言葉に嬉しそうに頷くと、彼女は手を握って道側に立った。

 

自分の前ではこんなにも姉然りとした態度を取っているが、母や兄達の前ではまた違うのだろうか。思考に耽っていると、手を繋いだまま空いた片手の指を立てて山茶花は樒の顔を覗き込んできた。


「いい樒ちゃん、世の中には色んな人が居るのよ?  優しい人もいれば、怖い人もいるの。

今、私達は子供二人きり。大人と居る時よりも危ない目に遭う確率はきっと高いわ。だから絶対、私の手を離しちゃ駄目だからね?」

「そう言われなくても分かってる……山茶花こそ、俺から手を離すな。いいな」

「!  うん、勿論だよ」


お小言が面倒で適当に言葉を返しただけなのに、何が嬉しかったのか山茶花は笑顔を見せた。彼女の喜ぶポイントがよく分からない。


自分が壁側、山茶花が道側に立って歩き出す。このお出かけの当初は気付かなかったが、山茶花は樒に歩幅を合わせているらしく、いつもの彼女の歩く速さよりも少し遅い。


「適当にこの道を真っ直ぐに行ってみる?

そうだ、帰りに鴨川を覗いてもいいかな?

兄さまが居るかこっそり覗いてみたいな」

「目的の無い散策なんだ、好きにしたらいい。

覗いてもいいが、絶対に見つからないようにな。

こうして出かけているのは内緒なんだから」

「ふふっ、うん。絶対に見つからないように気を付けるね。内緒だもの!」


山茶花は可笑しそうに口元に袖を当てて笑った。隠し事や内緒話なんて初めてだからか、己も何だか高揚している様に感じる。

 

もしかしたら、外へ出かけていることはとっくに母達にばれているかも知れない。別に悪い事はしていないが心配をかけているかも知れない。帰ったらどんな風に迎えられるのか、怖いような、高揚するような。

でも、こんな日も偶にはいいかもしれない。


辺りに広がる店達を眺め歩いていると、そう言えば、と山茶花が口を開いた。


「突然思ったのだけどね?

どうして樒ちゃんは、私達のことを姉さまや兄さまって呼ばないの?

あっ、決して強要してる訳じゃないのよ?

ただ気になって。どうして?」


首を傾げて聞いて来る山茶花に、何て答えようかと思案する。

別にそのまま素直に伝えるのもいいだろう、だがそれではつまらない……気がする。

 

かつて梔子が言っていた言葉を思い出す。

“人間生きていれば隠し事の一つや二つ出来るもんだ。それを隠し通し続けることも時には大事”……と。

 

余談だがそう発言した直後の梔子は、昼餉のおにぎりの中にランダムで餡子や砂糖を入れたのが芥子に見つかり、泣く泣くイタズラしたおにぎり全てを食べていた。

可哀想に思った母が一緒に食べてやっていたが、二人共不味そうな顔になっていたのをよく覚えている……が、いや、この話はどうでもいいか。


納得力の無い言葉だったが、梔子の言う通り時には隠し続けるのもいいかも知れない。斜め上にある姉ぶりたい山茶花と、樒は視線を合わせる。


「さあ、そういう事もあるだろう」

「え、ええ…?

なあにそれ、教えてくれないの?」

「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」

「もう、どっちなの樒ちゃん!」


適当にはぐらかし、少し早足に歩きまた山茶花を少し困らせる。

急に早く歩き出した樒に驚き、ころころと直ぐ表情を変える姉が不思議と可笑しくて小さく笑ってしまった。


(家に来たばかりの頃は、実質遠縁でしか無い兄や姉をそう呼ぶ必要は無いと思っていた。

だから呼ばなかった。

…………でも今は、本当の兄や姉のように思っている自分がいる)


それなのに何故素直に呼んでやらないのか。それは、樒からしたら当然の理由があるからだ。そう呼ぶと喜ぶことは知っている。でも、


「偶に呼んだ方が、人は嬉しいものだろ?」


その言葉は、偶然吹いた薫風のせいで山茶花には聞こえなかったらしい。

何か言ったのと聞いて来る彼女、樒は首を傾げてみせた。


「なにも。それより、鴨川に行くのだろ?

……姉さん」

「────!  

樒ちゃん、いまっ」

「何だ山茶花

「今!  姉さんって!」

「なんのことだか」

「いいえ、絶対、絶対に言ったわ!

この耳でちゃんと聞いたもの!」


早口で捲し立てる姉の手を強く引き、無理やり人並に揉まれに行く。これで暫くは何も言ってこないだろう。


(まあ、なんだ。これが俺なりの姉への我儘だ。姉ぶりたいなら、これくらい受け止められるだろう?)


待って待ってと慌てている山茶花を、樒は素知らぬ顔して手を引いて歩く。

悪いことをしている気はするが、極悪非道なことをしている訳では無いのだ。だからもう少しだけ、弟の我儘に付き合ってくれと、樒は鼻歌混じりに街の散策を楽しむのだった。