百鬼一族 血脈の書

百鬼一族 血脈の書

当サイトは俺の屍を越えてゆけ リメイクのプレイ日記となります。

遺恨怨恨ラプソディ

見上げた先に映るのは朱点童子だったモノと、その中から出て来た見知った存在。死闘の末に築き上げた亡骸から出てきた存在こと黄川人は、ようやく外に出られて興奮からなのか、ペラペラと忙しなく好き勝手に口を動かしていた。

眼下に居る己達を嘲るが如く一人好き勝手に喋るその様に、樒は不快感から眉間に皺を寄せる。


「────そうそう、君たちには感謝してるよ」


反射で臆してしまいそうな程の圧倒的な力を見せびらかしながら、黄川人はふわりと宙へ浮かんだ。上から見ると殊更小さきモノに感じるだろう樒達に、奴は見下しの目と共に白々しい謝礼を口にした。何が感謝しているだ、胡散臭い。


何をするつもりか分からない黄川人に隙を見せない様、樒は薙刀を構えた姿勢のまま一瞬だけ視線をズラし、近くにいる仲間の様子を伺った。

山茶花と芹は、自分と同じく武器を構えている。澄はこの事態に特に動揺しているのか、弓を握り締めていた。山茶花の顔には僅かな動揺が、芹は見定めるかの様な目つきをしているのが見て取れたが、俯いていた澄だけはどんな顔を浮かべているかは分からない。


(今まで対峙してきたどの鬼よりも、黄川人から強い力を感じるな……強者なら強者らしく、馬鹿みたいに余裕を見せて油断してくれたら楽なんだが)


状態を把握する為に再度目を向けたかったが、生憎また隙を突くのは難しいのが正直な現状だ。


「あのカッコ悪い鬼の姿のまんまじゃ……ボクの力は半分も出せなかったんだからねえ!」


樒達四人に構うこと無く、黄川人はケタケタと甲高い笑い声をあげる。……登る前に初対面した時から思ってはいたが、この男、胡散臭いという言葉が本当に似合う男だ。


「……攻撃の可能性に備える。隊列は俺と山茶花が前衛だ、いいな?」


いい気持ちで嗤っている黄川人に聞こえない様に、樒は抑えた声量で指示を出す。うん、畏まりましたと山茶花と芹が了承の言葉を口にするも、澄だけは一向に返事を返さない。


「澄ちゃん武器を構えて。気持ちは痛いほど分かるわ、でも今は……」

「攻撃に備えろ、澄。無理ならせめて後ろに下がれ」


樒と山茶花が小声で促すも、俯いた澄は全く動くかない。

このままでは危険だと、僅かに焦りの気持ちが滲み出てゆく。その胸中に蓋を被せながら、樒は澄に視線を向ける。と、


(……? 弓が、震えている……..?)


長く綺麗な赤い髪に潜む様に、カタカタと澄が握り締めている弓が震えていた。


密かに会話をしていたとは露知らない黄川人はと言うと、嘲笑に飽いたのか唇に弧を描くのをやめ、真っすぐに憎悪の籠もった声を張り上げる。


「さあ!! 復讐の本番は」


黄川人が声を張り上げると共に、場を支配する重圧感が増幅し、肌を刺す圧迫感も強まった。


「ここからだ!!」

「ッ、澄!! 止まれ!!!」


突如顔を上げた澄の瞳は憤怒で濡れていた。嫌な気配を感じて上げた樒の声と圧を強める黄川人の言葉と同時に、彼女は一直線に怨敵の元へと駆け出した。


駆けながら矢筒から一本の矢を取り出すと、澄は黄川人目掛けて即座に放つ。


「ーーーーッッ!!!」

「おっと、危ないなあ。

君さ、人に物を向けちゃ駄目だって母さんや父さんに習わなかったのかい?」


飛んで火に入る夏の虫という諺ほど、今の彼女にお似合いな言葉はないだろう。明確な敵意を持って放たれた矢を、黄川人は幾度なく軽々と躱してみせた。悲しいかな、澄の攻撃はあの憎たらしい男の上衣を掠ることすら出来ない。


階段の最上段の上で浮いている黄川人を仕留める為に、何度躱されようが澄は挫けずに攻撃の手を止めないで駆け上がる。今の彼女の瞳には、自分達の祖先に呪いを掛けた元凶のあの朱色しか見えていないようだった。


「あー……澄ちゃんどうみても暴走していますね、あれ。大変だ」

「冷静に状況報告してる場合じゃないと思うよ?!  ……樒ちゃん!」


暴走している澄と、そんな彼女を軽々と避けて遊んでいる黄川人。一方樒達はと言うと、呑気にボケとツッコミをしている芹達を他所に、樒らどうこの状況を崩すか考えている最中だった。


(黄川人はまだ本気になっていない。アイツが澄を下に見ているうちに回収するべきだ)


油断ならぬ現状に、自然と眉間に皺を寄せてしまう。ため息も吐きたい気持ちだが、今はそんなことをする時間すら惜しい。樒は己の言葉を待つ山茶花達に指示を伝えた。


「当主の指輪を黄川人に向けて使う。意識がこっちに向いたら俺が澄達の間に立つ、山茶花達はその間に澄を捕まえて抑えろ」

 

樒の言葉を聞いて、山茶花と芹は即座に頷いた。

 

「分かったわ、樒ちゃんも気をつけて」

「畏まりましたっと」


左手の人差し指に嵌めている指輪に手を重ね、初代の父の名を心中で呟く。

するとその声に応える様に、古ぼけた指輪が輝き出す。

樒が動き回る朱点童子に向けて手を突き出すのと同時に、山茶花達はその場を勢いよく飛び出した。


「当主の指輪……いけ!」

「いくよ芹ちゃん!」

「分かってる!」


初代の父、源太の影が黄川人に向かって走り行く。指輪の力が発動したのを認識するや否や、樒も皆に続いて地を駆けた。早く、早くあの暴走した妹を守るために。

 

 

 

──────時は少し前に遡る。射てども射てども、澄の矢は黄川人に届かない。こちらがどれだけ狙いを定めても、どれだけ術を放っても、決してあの鬼に当たら無い。

更に憎たらしいことだが、黄川人はワザとあと少しであたりそうなスレスレで避けるのだ。そのニヤけた顔を見れば分かる、本当はもっと早くに避けれていたのだと。ああ、憎たらしい上に怒りしか沸かない!


「今すぐ呪いを解け!!」

「あははっ!  解くわけ無いだろう!  

脅せば解くとでも思ってるのかい?  バカらしい!」


鼻で笑われ、澄は心がどんどん燃え盛るのを感じ取った。こんな奴を、さっきまで自分は心配していたのか。こんな奴に、絶対に私達が貴方の呪いも解くだなんてバカなことを宣っていたのか。


樒達が本当に呪いが解けるか疑問視していたのは知っていた。理解しているつもりだった。……しかし所詮、つもりでしか無かったのだ。だから今、自分はこうなっている。


(ふざけないでふざけないでふざけないで!!!今すぐ解かなくちゃ、封印が解けたばかりなら本調子とは言い難いはずだから、きっと今ならできる!! 絶対に絶対に解かせてやるんだ!!!! そうでなくちゃ、お父さんが……!!!!)


そう己に言い聞かせながら矢を放つ。そして射ると同時に術を唱えて、黄川人が居た場所に雷を轟かせる。持っていた術符も投げて海を起こす。それでもアイツはかすり傷一つ負わず、その場に立っていた。ああくそ、くそ、どうして私の攻撃は届かない!!!


「減らず口言うな!!!」

「減らず口ぃ?  それはこっちのセリフだよ。

……ああ。そう言えば、先月死にそうな顔をした君と同じ赤い髪の弓使いが此処に来ていたよね。もしかしてさあ……君のと  う  さ  んだった?」

「…………ッッッッ!!!!!」


ぶちり、自分の中で何かが切れる音がした。目の前が真っ赤に染まる、目の裏がチカチカと輝く。……これは駄目、駄目だよ。冷静な思考の自分が、遠くから声を投げかけたのが聞こえた。

それでも、澄はもう止まれない。乱暴に矢筒から取り出した二本の矢を、澄は加減も考えずに目一杯弓に番えた。


「死 ねえええ!!!」

「あはははは!  無理ムリ、そんな攻撃当たるわけ無いだろ?  その反応はずぼ……ッ!」


──────そして時は戻り、祖先の父が黄川人に向かって刀を振り下ろす。

突然現れた存在に、意識の範疇からお互い以外消えていた二人は一瞬動きを止めた。


「芹、受け止めろ!」

「はいはーい」

「な゙ッ、ぅあッ!!?」


誰よりも最後に動き出したが、誰よりも俊敏に動くことが出来る樒が山茶花達を追い越して澄を捕まえる。

そして彼女の襟首を掴み、黄川人や己達から一番遠くに居た芹へと投げた。


「おっ……と。ナイスキャッチだ、僕」

「いいよ芹ちゃん! そのまま澄ちゃんを離さないでね!」

「もちろん。わかってるよ姉上」

「な、何、離し……!?」

「駄目だよ。澄ちゃんは僕と一緒に樒様と姉上に守られていようねー」


困惑した澄が目を回しているのをいいことに、芹は今のうちにと彼女を羽交い締めにして、武器から手を離させる。

山茶花は二人の前に立って刀を黄川人に向け、いつ此方にやって来ても後ろの二人を守る体勢を整えた。


(澄を抑えるのには成功した。後は……)


三人の様子を確認して、樒は小さく安堵の息を吐く。もう澄は芹達の元にいる、ならば自分も自分のすべきことをしよう。

顔を上げ、樒は面白くなさそうに自分達を見る黄川人と相対する。


「君といいその子といい、君たちの中で不意打ちがするのが流行ってんの?」

「……」


馬鹿にした口調で問う黄川人に対して、樒は薙刀を構えるだけで何も答えない。

煽りに乗らず無言で武器を向ける樒を、朱点童子はつまらなそうに見下した。

 

「さっきの子に比べて、君はつまらないなぁ。まッ、ちょうど飽きてきたところだったからね。どうでもいいや」


重力に逆らい、黄川人は再びふわりと宙に浮かび上がる。すると彼の真下の地面が紋様を描き、妖しく光り輝いた。


「今すぐ殺すだなンて、そんなのつまらないだろ?  だからさ、今日はもう去ってあげるよ。いやぁ僕って本当に優しいよね!」


その言葉を受け、一番反応を示したのは澄だった。逃がすものかと拘束から逃れるべく暴れる彼女を、芹は捕らえる力を更に強めて拘束する。

背後から抜け出そうと奮闘している音が聞こえるが、目の前にいる黄川人が急に気を変えるかも知れない今、樒は加勢に行くことは出来ない。


「待てッッ!!!」

「駄目だよ澄ちゃん、動かないで」


抵抗している澄を一瞥して、黄川人は嘲笑を浮かべた。その笑みを見てしまったのか、後ろで暴れていた彼女が藻掻く音がピタリと止まる。

その様子に満足したのか、黄川人は印の中へ消えていく。

去ったのかと樒が思案するよりも早く、奴は印から顔だけ出して此方を見やる。


「また会おうゼ、兄弟」


印は波紋描き、黄川人は消え去った。

この場を支配していた朱点童子が去ったからか、朱点閣を包んでいた重圧感も無くなり、樒は息がし易くなったのを実感する。

警戒しながらも奴が消えた場所を注視し、完全に印が消えたのを確認する。何も気配を感じなくなったその場を見て、樒はほっと肩の荷を少し下ろす。念のために警戒心は残したまま、後ろに居る芹達に声を掛けた。


「……芹、もう離してやれ。山茶花も警戒レベルを下げていい」

「わかりまし……あ」

「ッ!!!」


芹が力を弱めるや否や、澄は瞬く間に拘束を荒々しく解き樒が立っている黄川人が消えた場所まで走りよる。


「いない……いない、何処にも……!!!」

「澄ちゃん……」


地面を詳しく見るも、もうこの場には何も無い。澄は崩れる様に膝を着き、爪が割れるのもお構い無しに拳を叩きつけて強く土を掴んだ。


少し遅れて合流した山茶花達は彼女に何て声を掛ければ良いか分からず、口を濁すことしか出来なかった。


「…………ちくしょう、ちくしょう。ちくしょうちくしょうちくしょう!!!!!!!!!

うゔ、ぅあああ゙あ゙あ゙あ゙ッッ!!!」


行き場の無い気持ちを吐き出しているのか、澄は瞳から大粒の涙を幾度も落とした。血が滲み爪がめくれ上がることも気にせずに床を強く引っ掻いては叩き、下を向いたまま叫び声の様な嗚咽を零す。


己は、妹の心を軽く出来る様な気の利いたことを言える口をしていない。山茶花も芹も、今の澄に掛けれる言葉を、誰も持ってはいなかった。


(もし、あれで終わりだったら。そうしたら澄は、梔子は……。

………いいや、そんなもしもは無い。無いから、こうなったんだ)


……数分、十数分は経っただろうか。澄の嗚咽止まって落ち着いてきたのを確認して、樒はしゃがんで声を掛けた。


「……澄」

「……」


チラ、と赤い髪の隙間から、泣き腫らして潤んだ緑色と目が合った。


「帰ろう、皆待ってる」

「……」

「ここに居ても、何も変わらない」

「…………わかってるよ」


手を差し出すと、澄は目を擦りながら樒の手を取った。

四人でもう用はない朱点閣を後にして来た道を戻るも、山全体に居た鬼は誰一人いなかった。

前方に山茶花、殿に芹。中央は手を引く樒と鼻をすすりながら引かれる澄。

家で待つ者達のことを思い心が重くなっていくのを感じ取りながらも、四人は帰路へ着くのであった。