百鬼一族 血脈の書

百鬼一族 血脈の書

当サイトは俺の屍を越えてゆけ リメイクのプレイ日記となります。

とても幸せでした

「かえってきた! 梔子の兄御、皆がかえってきたぞ!」

「お、ほんとかー?」

「うむ! その目でしかとたしかめよ!」


ソテツの言葉を受け、三人は弾かれた様に門の外へと顔を向けた。舞い落ちる粉雪の中、確かに此方へ向かってくる見慣れた姿が視界に映る。

寒い中門柱近くで帰りを待っていた芥子、恒春、梔子、ソテツの四人は白い息を吐き、自分達に気付いて手を振る彼等に応え、同じく振り返す。


「ぱっと見た感じ、誰も大怪我はしてねぇな」

「ええ、良かった」

「そうだね、五体満足みたいで安心し……ちょっと待って兄さんステイステイ、ステイして。お願いだから傘から出ないで」


安堵の息を吐く芥子を他所に、恒春の持つ傘の下で雪を凌いでいた梔子が自分の調子を顧みずに出ようとした。日頃兄にツッコミを入れていたせいで鍛えられた瞬発力のお陰で襟首を掴むことが出来たが……この馬鹿兄、己が弱っている自覚はあるのだろうか。無いのだろうな。


捕まえた手が当たって冷たかったのか、梔子はうぉつっめ!?と訳の分からない言葉を叫んで飛び上がった。

冷たくて当然だろう、自分は芥子と二人で老人と子供が寒さで風邪を引かない様、傘を持つ為に外気に手を出していたのだ。心臓に悪いことをして多少の申し訳ない気持ちになるが、まあ元気に飛び上がれるならきっと大丈夫だろう。きっと。

それに謝ったら調子に乗りそうだ、ここは憮然とした態度を取った方がいい気がする。


「待ってたら皆帰ってくるから。お願いだから兄さんは傘の下から出ないで。……凍死したいの?」

「ちょっとくらいなら問題無ぇってのー……」

「その自信は何処から湧いてくるのよ、もう」

「だって見ての通りおれすっげぇ元気だろ? 自信の源はそこだな!」


自分を指差しで笑う兄の姿を見て、恒春は芥子と目を合わせて同時にため息を吐いた。ヘラヘラとしている兄を他所に、自分と芥子は今きっと似たことを考えているのだろう。ついさっきも苦しそうに蹲っていた癖に、よく言うものだ、と。


「あ、澄が……あー弓が………あー……あれ樒引っ張られてね?  いや、振り切られない様にしてるってのが正しいか……?」

「俺はこうしゃだと思うぞ!  このままだと突っ込んできてきそうだな!」

「……え?」


兄と息子の言葉を受けて、恒春は彼等の方を見た。するとそこには全速力で門前に居る自分達へと走っている澄、手を離そうとされても無理矢理繋ぎ直して少し遅れながら走る樒、遅れて二人を追い掛ける山茶花、二人が走りながら落としていった武器を回収する芹……と言う何とも言い難い光景が広がっていた。


「っ……!!」

「澄止まれ、落ち着け、雪降ってんだ滑って転びたいのか!」

「ふ、二人共待って……!」

「全く、武器は大事にしましょうねー」


澄は雪に足を取られることなく、樒を連れて一直線に自分達へと駆けている。あの速度では雪で滑る地面のせいで目前で止まるのは難しく、ぶつかる可能性がとても高いと恒春は推測した。自分や芥子ならば耐えきれるだろうが、まだ小さい息子や、弱った兄では吹き飛ばされてしまうに違いない。


恒春は素早く脳を回した。澄の体の向きや何度も向けている視線の先から推測するに、飛び付きたい相手は父である梔子だ。この思考に間違いは無いと思う。

となると問題は、今の梔子では受け止めきれる力がほぼ無いことだ。どうするべきか、取り敢えず倒れない様に支えればいいのか……。


(今の兄さんじゃ受け止めるなんて無理だろうし、後ろから支えていればいいよね)


走ってくる澄達を呑気に眺めている兄の背に手を添えていると、隣に居る芥子が傘を閉じ、ソテツの肩に手を置いた。何をするのだろうと横目で見ていると、芥子は息子だけでなく自分達へ指示を告げた。


「ソテツ。梔子が倒れない様に、恒みたいに背中を支えてあげて?」

「うむ、あいわかった!」

「恒はそのままで支えていて。出来ればの話になるけれど……私は樒を引っ張って受け止めるわね」

「ん、お願い」

「ええ」


芥子は頭が良い。普段や戦闘においても、自分が考えている間に彼女は直ぐ思考を纏め、案を出している。芥子のそういうところを見ると、何だか鼻が高く思えてしまう。


「なー、おれには何かねぇの?」

「心構えしてなさい。抱き付かれた衝撃で心臓止めないように」

「おれそこまでジジィじゃねぇんだけど!? あと止めねぇから!!」

「はあ……兄さんうるさい騒がないで喚かないで息だけしてて」

「うっわ恒春が辛辣で兄さん悲しい……!」


大袈裟に言う兄を無視して、芥子の側から抜け出して動いたソテツの頭を撫でる。理解力が早く溌剌としたいい子な息子だ。父として誇らしい。


そんな言い合いをしているうちに、あっという間に目の前に来た澄達。

澄は泣きそうにくしゃりと顔を歪め、強く梔子に抱きついた。


「ッッ……お父さん!!」

「っ、!」

「うぉお゙っッ!?」

「樒はこっち、よっ」


自分とソテツが支えておいたおかげか、梔子はうめき声をあげるが倒れることなく娘を抱きとめた。

一人止まれずたたらを踏んでいた樒は、芥子が腕を引いて勢いが分散した結果転ばずに済んだ。


「お父さん、お父さん……!」

「ふー….危ねぇ危ねぇ……よーしよしよし、おかえり澄」

「~~~~お父さん!!」

「ぐっ、力つよ……!!!」


父の無事に歓喜したのか、更に抱きしめる力を強める澄。しかし強くし過ぎているのか、恒春の目の前で梔子は呻いてのけ反り出した。感動の瞬間なのだろう。だが兄が本当に苦しそうなので、澄には悪いが無理矢理引き離す。


「はあ….澄、兄さんが鯖折りになりかけてる。ちょっと落ち着いて」

「そうだぞ澄。兄御がつぶれかけておるぞ?」

「え、あ….ごめんなさいお父さん。……大丈夫?」

「へーきへーき。だから気にすんな」


体を摩りつつ、梔子は安心させる様に澄の頭を撫でた。

撫でられた澄は、目尻に涙を浮かべつつも嬉しそうに、安堵した様に父に向けて同じく笑顔を浮かべる。そして今度は猫の様に擦り寄り、梔子の腕に彼女は抱きいた。少しも父と離れたく無いと、何故だかそんな風に恒春は思えてしまった。


ざっと、視界外から雪を踏む音が聞こえた。何だろうと見てみると、事故にならない為に手を引かれ少し離れた場所に行っていた芥子と樒が近くに来た様だ。目が合った樒に手を振ると、彼は軽く会釈をした。


「ただいま。問題は無かったか」

「ん、おかえり。見ての通り、みんな元気だよ」


なら良かったと樒が言葉を返していると、山茶花と、彼女に遅れて芹が漸く門まで辿り着いた。自分の槌に加えて二人分の武器を抱えて走ったのか、芹はぜえぜえと息が荒くなっている。


「はあ、はあ、はーーーー….疲れた……」

「おかえりなさい、芹、山茶花。無事で良かったわ」

「お、お前らもおかえり。元気に帰ってきてよかったぜ」

「ただいま……。もう、澄ちゃんも樒ちゃんも急に走らないで……!」


くっつき虫になっている澄を連れて、梔子は帰ってきた三人の頭もくしゃくしゃと撫でる。樒はじっと静かに撫でられ、芹は笑顔でお礼をいい、山茶花は嬉しそうに喜んだ。


粉雪が舞う中、再開した家族達はみんな寒さを忘れ、一先ずは全員の無事を喜んだ。どうして呪いが解けていないのか、大江山のあの光は何なのか、そんなことは後回しでいい。帰ってきた彼等を労るのが第一だ。


(積もる話もあるだろうし、取り敢えず全員中に入ってもらおう。外にずっと居る訳にもいかないからね)


恒春が場に居る全員に声を掛けようとするよりも早く、澄が心配そうな声色で口を開いた。


「ねえお父さん、寒いの? 震えてる」

「え、そうか?」

「……うん。体、冷たくなってる」


声を聞き梔子を見てみると、彼は震えを紛らわせる為なのか、娘に取られていない空いてる側の手で体を摩っている。温めようとしているのか、澄が己の首に梔子の手を触れさせていた。


……外に出る前と比べて、兄の顔色が悪くなっている様に見える。元々白かったが、今は青白いという言葉が適切に思えてしまう。少しでもマシになるだろうと、恒春は自分が着ていた羽織りを脱いで兄の肩に羽織らせた。直ぐにでも兄を家に放り込まなければ、風邪を引くかもしれない。


「兄さんもみんなも、もう中に入ろ。イツ花が炬燵を入れて部屋を暖かくして待ってるよ」

「風呂の準備も出来ているぞ!」

「風呂か……」

「寒いから炬燵より風呂かな……この格好寒い…..」

「見るからに寒そうだよね、その戦装束。私はどっちでもいいかなあ。

澄ちゃんはどっちがいい?」

「姉さんと同じ、どっちでもいいよ」


各々どうするか話ながら、みんなで門をくぐって家に入るべく歩いて行く。

寒い寒いと足早に先頭を歩く芹を筆頭に、元気よく芹に話しかけるソテツや、隣り合って和やかに話す山茶花と芥子と、総勢八人の大行進。ひっつき虫と化した澄を連れているからか、自分と樒の前を歩いている、梔子達の足取りは少し遅い。


「随分とべったりになってるね」

「そうだな」


自分の少し後ろを歩く樒に、振り返らずに話しかける。全員が無事に家に入るのを確認したいのか、まだ何か警戒しているからかは分からない。だが最後尾で家族を見守る長の声は、いつもと違い憂いを感じさせた。


「……ねえ、何があったの?」

「あとで話す。立ち話で終われない」

「……そっか、そうだよね」


顔を反らして、こっそりと後ろの様子を盗み見る。彼は自分を見ている恒春に気付かずに、耳で揺れる浅葱色の飾りに触れていた。


(何があったかは分からない。だけど、何かは確実にあった。だからオレ達の呪いは消えていない、寿命はそのまま……….はーあ。寓話みたいに、めでたしめでたしになれたら良かったのに)


ほんとウザい。心中で大きく溜息を吐いていて前方を気にしていなかったせいか、恒春は前を歩いていた筈の梔子とぶつかった。


「だッ、あ、ごめん兄さん!」


慌てて兄が衝撃で倒れてしまわないかと肩を支えたが、梔子は重心がぶれること無く立っていたので、恒春はホッと安心して肩を撫で下ろし息をつく。


「もう。急に立ち止まらないでよね、邪魔なんだけど。

それにもし転んだら大変で……」

「……」

「梔子兄さん?」

「お父さん? どうしたの?」

「どうかしたか」


いつもの癖でつい憎まれ口を叩いても、兄は何も反応を見せない。顔を上げ、ただじっと空を見つめていた。不思議に思い再度声を掛けるも、梔子は応えない。そばに居る澄や数歩後ろに居るも心配するも、梔子は気付く様子が無かった。


「ねえ兄さん、兄さんってば….」

「兄さま澄ちゃん樒ちゃーん。まだ入らないのー?」

「早く入らないと戸、閉めるわよー」


未だ家に入らない自分達を呼ぶ為か、芥子と山茶花が玄関から顔を覗かせた。兄は二人が呼んだことに気付いていないのか、ずっと空を眺めている。


何度も呼びかけているのに、流石にこれは可笑しい。周囲に居る自分達三人は目を合わせると、各々兄の意識を呼び戻そうと一致団結した。その時、


「ああ、やっぱり」

「お父さん……?」

「澄」

「え.....っ?」


ここでは無いどこかを見ていた青い瞳は、親愛の情を込めた笑みを虚空に向けた。その様子を見て心配そうに父を呼ぶ娘の声がやっと届いたのか、慈愛の眼差しを持って澄に応えた。


(“やっぱり”.…? どういうことなんだろ。ていうか、不安になるから無視しないでよね)


さっきは何でぼおっとしていたんだ、急にどうしたんだ、怖いことするなと、恒春の胸中は心配からくる減らず口が沢山込み上げる。


だけど、梔子の眼差しがとても優しくて。さっきとはまた違う普段とは変わった様子に、恒春は喉元まできていた言葉を飲み込んだ。


「お前達が元気に生きてる、それだけでおれは幸せなんだ。だから、いいんだよ」

「え?」

「いいんだ」


有無は言わせない。そう思わせる程力強く、だけど優しく、兄は澄へと言い聞かせた。


どこか様子が違う梔子を見て、玄関から芥子達が出てきている。澄も樒も、….勿論自分も。何かを感じ取り、不安げに兄を見ている。

だけど梔子は、そんな周囲などお構い無しで。澄の腕をそっと振り払うと、仰々しくわざとらしく演技掛かった仕草で両手を広げると、ニヤリと笑って自分達に言の葉を告げた。


「誰かさ、おれのこと、“忘れない”って言ってくれよ」


満面の笑みで、兄は言った。樒も澄も、芥子も山茶花も、梔子の言葉がまるで最期の言葉に聞こえたのだろう。笑顔な元凶と反比例するかの如く、悲しげな面持ちになっている。


自分もきっと、周りと似たような顔になっているのだろう。似た気持ちになっているのだろう。だが、だがそれ以上に、


「縁起でも無いことするのやめてよねこのバカ!! バカ!!!!!」

「いっっってぇ!!!?」


そこそこ痛いと感じる程度の力を込めて繰り出す肩パン。想定通り痛かったのか、兄は肩を摩りながら蹲った。


(怖いことしないでよ、縁起でも無いことしないでよ。ほんと最悪バカ兄貴!!!!)


今日程、いつも捻くれた言動をしていて良かったと思う日はもう来ないだろう。

鍛える気は全く無かったと言うのに、磨き上げられた条件反射の憎まれ口おかげで、そのまま兄は死ぬのでは無いかと不安に思える空気が離散したのを感じとる。


「こーしゅん君読もうぜ!? 人が真剣に話してたってのに!!」

「だってイラッとしたから……」

「だからって肩パンはよくねぇよ? お兄ちゃん泣くぞ??」

「勝手に泣けば?」

「ひっでぇ!!」


おいおいと嘘泣きを始める兄を見て、芥子達も安堵した表情を浮かべた。心臓に悪いことを、もうしないで欲しい。


「ああもうほら、いいから家に入るよ!」

「あ、ちょ、引っ張るの無しああああ襟がっ襟が伸びる澄ー!」

「へ、あ、恒春兄さんお父さん困ってるよ、やめてあげてっ」

「……ごめんやだ」


いくら可愛い妹の頼みであろうとも、流石にさっきの兄のしでかしたことは恐ろしすぎることだ。だからこれくらいの仕返しはさせて欲しい。


「そうね、偶にはそんな風にされもて良いんじゃないかしら?

捕まえている限りは、何処にも勝手にいけないでしょうし」

「芥子!?」

「んー….うん、そうね。梔子兄さまは捕まえていないと飛んでいってしまいそうだものね」

山茶花もかよ!!」

「……自業自得」

「樒聞こえてっからなー!!」

「はいはいさっさと入ってよね!」


ぎゃあぎゃあ騒ぐ兄を玄関に放り込む。傘を傘立てに入れると、周囲に扱いが雑だと抗議している梔子を無視してさっさと下駄を脱ぎ、再度兄の襟を掴んで今度は炬燵がある居間へと引き摺る。まだ下駄をちゃんと脱げていないという声は勿論無視だ。


「ごめん誰かおれの下駄綺麗に並べてくれ!」

「はいはい並べておくわ。だから早く炬燵に入りなさいね」

「しーちゃんは先にお風呂だよね?」

「ああ」


廊下を進むにつれて、芥子達の声が遠くなる。兄は抵抗も文句も諦めたのか、大人しく自分に引きずられ床と着物を摩擦させている。

ソテツ達の姿が見えないが、二人は先に居間に行ったのだろうか。それとも芹が風呂に入りたがっていたからどちらも風呂場に居るのだろうか。


玄関に居る彼女達の声がほぼ聞こえなくなり、周囲に人の気配を感じない。念の為周囲を見回すと、恒春は一つ、疑問に感じていたことを兄にぶつけた。


「……梔子兄さん」

「ん〜?」

「さっき“やっぱり”って言ってたでしょ。あれ、どういう意味なの」


最早引きずれることに慣れてきたのか、梔子は体重をこちらに預け切っている。正直重い。

恒春が視線を寄越すと、兄は思案する様に顎に手を添えて考える素振りをした。少し考える様に首を捻らせていたが、まあいいかと数秒もせずに判断すると、にっと歯を見せて楽しそうに笑って教えてくれた。


「おれさ、こう見えて寂しがり屋なんだよ」

「は?」

「だから忘れられると、正直すげぇ悲しい。でもあいつは、」


そこで一度口を閉ざすと、兄は懐かしむ様に目を細め、また空を見つめた。


「————あいつは、向こうにいっても覚えて待っててくれたみたいだ。

声がしたんだよ、おれを呼ぶあいつの声が。

わざわざ迎えに来てくれたとか、嬉しいよな」

「おれたちはさ、二人で一つだったんだ。ずっと一緒だった。相棒だった。

だから一人になってからは、いつも違和感があったんだよ。おれの半身がないんだ、当たり前だよなー」

「耄碌したせいでみた幻覚かもしれねぇ。

それはそれで良いと思ってる、向こうにいった時の笑い話になるからな」

「やっぱり、おれにはあいつだったんだ。おれの人生は.…….」


そこまで言うと、兄は心底幸せそうに瞼を閉じた。


(.……………ふざけるな)


そんな兄とは裏腹に、恒春は言い表せない強い感情が心に浮かび上がる。上手く言語化は出来ない。変わらず強い絆で結ばれているその事実が、今は良いものには思えなかった。

もう満足です充分ですとでも思っているのだろうか。……そうなのだろう、この兄はひどく自分勝手だから。良い意味でも、悪い意味でも。


「じゃあオレが声掛けなかったら臨終してたの?」

「かもな!」

「うっわ最悪、後のこと考えてよね」

「はは、悪ぃな」


悪びれもなく告げる兄に、もうため息しか出ない。

そうこうしているうちに居間の前に辿り着く。ソテツ達はやはり風呂に行っているのか、部屋には誰も居なかった。


「ほら兄さんさっさと温まって。風邪引いたら大変でしょ」

「わーってるって。はーあったけぇ」


梔子は炬燵に直行すると、中に潜り込み暖を取る。恒春も同じ様に炬燵に入ると、そう言えば手を洗って無かったなと気付く。だがまずは冷えた体を温めたかったので、恒春は後回しにすることに断した。


そこそこ体が温まったら、梔子を連れて手を洗って居間に戻る。

襖を開けると、芥子達女子三人が炬燵に入っていた。どうやら自分が出ているうちに温もりに来ていた様だ。一人居なくなっている樒の所在を尋ねると、彼は風呂に向かったらしい。


「炬燵さいこー……」

「それなー……」

「二人とも、樒達がお風呂から帰ってきたらお祝いの鍋をするから、寝たらダメよ?」

「「はーい……」」


炬燵に身を委ねている梔子と澄を見て、恒春達はなんだか可笑しくなって笑い声を上げた。

元気のある自分や芥子と、台所で準備をしていたイツ花と共に鍋の準備を進めていく。


色々と積もる話があることは分かっている。でもまずは、無事にまたみんなでご飯を食べれる事実を大切にしたい。

樒達が戻ってきたら、全員手を合わせてからの鍋大会。食べ盛りが沢山いる我が家では、あっという間に食材が無くなっていって、それが可笑しくてみんな笑った。

家族みんな満足するまで食べて呑んで、めいめいに眠気や風呂に入る為に離脱していく。


兄は、自分と芥子の三人で最後まで起きて酒を酌み交わしていた。

子供たちに呪いを残していくのは心残りだと言ったのは、今代で終わりにしたかったと、会いにいくことは出来ないんだと惜しんだのは、一体誰だったか。酒のせいで記憶が定かではない。でも、兄がちゃんと布団に入っていったことは覚えている。おやすみと言ったことも、覚えている。また明日と言っていた。

 


だけど次の日の朝、兄が起きてくることは無かった。