百鬼一族 血脈の書

百鬼一族 血脈の書

当サイトは俺の屍を越えてゆけ リメイクのプレイ日記となります。

それでも 1

七月初頭、庭にある大きな梅の木の真下にて。


「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって、芥子は心配し過ぎ。

そう簡単に人は死なない死なない」

「そう簡単に死ぬ呪いに掛かっているから心配になってるのよ、こっちは……。

……明日には私は天界に行くわ。

だからその間、絶対に一人で何かしようとしたら駄目よ?  困ったことがあったらちゃんと皆を頼ってね?」


自分でも自覚があるくらい、芥子は心配なせいで何度も口酸っぱく言葉を重ねる。

それに隣で腰掛けている伽羅はうんざりしてきたのか、はいはいとおざなりに返事をしていた。


どうして夏なのに外で話しているのかというと、それはほんの数分前のあることが理由である。

庭で訓練をしている澄と指導をしている伽羅の二人の為に、芥子は差し入れに冷たいお茶を持って来ていた。そこで暑さにやられたのか、澄から少し離れた木陰で休んでいた伽羅を見つけ、芥子はついつい心配と不安から口が出てしまったのだ。


「自分がばばあなことは理解してるから大丈夫だよ。そんな不安そうにしなくても、芥子が帰って来るまで死ぬ気はないから。

だから安心して交神行ってきなって~」

「勿論すぐ帰ってくるか……」

「伽羅ねーさーん!  だいじょー…あ、芥子姉さ、飲みもの?!  飲みものだ!  ください!  欲しい!」


伽羅の様子を見に来た小走りで木陰にやってきた澄だが、疲れていたのだろう。芥子を一瞬認識するや否や、地面に置かれた二つの竹筒の水筒に目を奪われていた。

きらきらと目を輝かせてちょうだいちょうだいと手を出してくる姿が、どことなく父親である梔子の面影を感じてつい口元に笑みが零れる。伽羅もそう感じたのか、はたまた澄の姿が愛らしかったのか、彼女も自分と同じように笑っていた。


芥子は澄の分の水筒を手に取ると、慌てて飲まないよう注意してから手渡す。


「ふふ、どうぞ。急いで飲むとむせちゃうから、ゆっくり飲むのよ」

「はーい!」

「そのお茶は芥子からの差し入れだよ。喉が潤ったらお礼を言うようにね?」

「ん~!」

「ああこら、飲みながら喋ったら危ないわ」


慌ててそう言うと、澄は水筒を持っていない方の手の親指を勢いよく立てて返事をした。大丈夫だと言いたいのだろうか?

元気いっぱいな返事が面白かったのか、隣でまた笑う伽羅の声が響く。


「あははっ、澄は元気よくて良いね。可愛い可愛い」

「んぐんぐ……ぷはっ、はー美味しい。芥子姉さんお茶ありがとう!

え、伽羅姉さんほんと? 私可愛い?」

「うん、ほんとだよ。芥子もそう思うでしょ?」

「ふふ、そうね。澄は元気いっぱいで可愛いわ」

「えへへ~やった! うれしい」


澄は照れているのか嬉しそうに笑いながらも、訓練の為に上で結っていた髪の毛先を口元に当てて笑みを隠そうとしていた。元々髪が長いからこそ出来る芸当だろう。


あっ、と声をあげて笑っていた澄はそういえばと、芥子に向かって声を掛けてきた。まだ小さいからか、興味の移り変わりがとても早いように感じる。尋ねられながらも、芥子はぼんやりとそう考える。


「ねえ芥子姉さん。姉さんはそろそろ交神にいくんでしょ? もしお母さんに会えたなら、澄はげんきにしてますって伝えてほしいな」

「んん……、出来るなら伝えたいけど……伽羅。交神の為に天界に居る間に、他の神に会うことは可能なの?」

「うーん、その神次第かなあ。あたしは交神中に他の神を紹介されたから会ったけど、梔子は会うことは無かったみたいだし。

確か、延珠兄や荻兄は会うことがあったって言っていた覚えがあるよ」

「そうなのね……」

「へー、そうなんだね」


交神相手次第ならば、伝えることを澄に確約は出来ない。

自分の交神予定の相手を芥子は思い出す。土の神様、五穀豊穣を司る稲荷の神様、稲荷狐次郎様。鬼と化していた彼と戦ったことはあるが、言葉を交わしたことは無い。一体、どんな神なのだろうか。

明日を思うと、期待と不安が入り交じる。


「そっかあ、芥子姉さんがお母さんに会えるかはわからないんだね」

「そうね。でも、もし会えたらその時は伝えるわ」

「うん! おねがいしますっ」

「ふふ、ええ。分かったわ」


小さな新しい家族が可愛くて、自分が幼い頃にされたように頭を撫でると、澄は嬉しそうに笑顔を見せる。そんな自分達を見て伽羅も笑っている。辺りを和やかな空気が包んでいた。


撫でながら、直ぐに考え過ぎるきらいのある芥子は、計らずも考えてしまう。

溌剌とした小さな彼女が、冬には大江山に登るのかも知れない……と。

自分や梔子が使い物にならなくなっていたら、その可能性は大いにあるだろう。それとも戦力的に考えて、神の血がより濃い分強いからこそ、この子が行くのかも知れない。ああでも、冬になったら。


(その頃には伽羅は絶対にいない……もしかしたら梔子も……ああ、駄目よ。いけないわ。これは考えてもどうにもならない)


思考を振り切るように、芥子は撫でる手を止めて無理矢理話題を切り替える。


「さて。澄、休憩もいいけど訓練はどうなの?順調かしら」

「えっとね、的にあてられるようにはなったよ。ね、伽羅姉さん」

「そうそう。ちゃーんと順調だよ。

澄、あたしは大丈夫だから訓練に戻ろうか?喉も潤ったでしょ?」


今は芥子が居てくれるし大丈夫だって~、と軽く言う伽羅に、澄は心配そうな顔色になる。

澄が家に来た時には、伽羅はかつて薙刀を振るう為についていた筋肉は痩せ落ち、食も細くなり最初から弱っていた。年故に内面も落ち着いたのか、優しく穏やかな顔をしていることも増えた。そのせいであの子の中での伽羅は、か弱いおばあさんのような印象になっているのだろう。


「伽羅姉さん本当に? 私が訓練してるうちにたおれたりしない?」

「しないよ。ほら、芥子が居るからさ。もし何かあっても、直ぐにこの子が助けてくれると思うし。だから安心して訓練に戻って?

しっかり訓練しないと、討伐時に困るのは澄だからね」

「そうだけど……芥子姉さん、伽羅姉さんをみててもらっていい?」


いそがしいなら私が頑張って見ながら訓練するから!  と拳を握る澄に、芥子は快く返事をした。交神前の確認も終わり、暇を持て余していた身だ。それくらいお安い御用である。


「いいわよ、私も伽羅が心配だもの」

「そっか、そうだよね。ありがとう芥子姉さん。

それならあんしんだね! じゃあ私は訓練に戻るから! 伽羅姉さん指示があったら合図してね、戻ってくるから!」

「はいはい。大丈夫だから訓練頑張るんだよー」


芥子の返事に安心した澄は、軽やかに訓練へ戻っていった。二人で手を振って見送り、澄が弓を手に取り訓練を再開したのを確認すると、伽羅は不満そうに口を尖らせた。


「もう、澄も芥子も心配し過ぎだって。確かに前より出来ないことは増えたけどさー。

それでもあたしはまだまだ元気だからね?」

「それが虚勢に感じるくらいに弱っていることを、伽羅はもっと自覚なさい。

皆伽羅が大切だから心配なのよ」

「それは有難いんだけどさー……ていうか芥子、澄と比べてあたしへの対応雑じゃない?何かこう、遠慮が無いというか……」

「さあ、気のせいじゃないかしら」


澄がこっちを見ていないことをいいことに、伽羅は胡座をかいて芥子に胡乱気な視線を送る。あの子の教育に悪いからと、彼女の前でこんな姿勢を取らなかったことは評価する。だがそれでも裾が捲れてはしたない。


芥子は槌をしっかりと握りしめることが出来る、女性にしては太めのしっかりとした指に軽く力を込める。そしてあぐらの姿勢を取っている伽羅の膝をぴんと弾いた。


「こらっ、着物がぐちゃぐちゃになるでしょう」

「い゙、‼︎  っった~~……!  

芥子、あたしか弱い女の子だよ?   今のは効いた! 」

「あら可笑しいわね、さっき自分は弱くないって言ってなかったかしら。

またされたくなかったら姿勢を正しなさい」

「それとこれは別なんですー」


ぶうぶう言いつつも伽羅は着物を整え、横座りへと姿勢を変えた。彼女の着物の裾に付いていた土埃に気付き、埃を払って芥子は満足気に頷く。


「うん、綺麗になったわ」

「ありがと、芥子」

「どういたしまして」


言葉を返すと、伽羅は笑顔を見せてから訓練をしている澄へと自然に視線を向けた。それに倣うように、芥子も同じ方向を見る。


澄は真剣な眼差しで、的に向かって弓を引き矢を放っているところだった。

伽羅と二人で、じっと彼女の訓練風景を共に見守る。こうやって沈黙を共有する時間は、とても心地がいい。

……こうやって何気ない時間を伽羅と共に出来るのは、あとどれくらいなのだろうか。


最近はいつも、気が付けば暗いことを考えてしまう。呪われているのだから、別れが早いのは仕方が無いことなのに。

その事実を受け入れることが出来ない己に、芥子はどうしようも無くやるせなさを覚えていた。こんな調子では、年上の伽羅達を見送る際に自分が持つのか気になってしょうがない。


「……ねえ、伽羅」

「んー?」


こちらを見ずに空返事をする伽羅に、芥子は同じように顔を向けずに返事を返す。


自分が悩みやすいのは、そういう性質だからだ。きっと己は、一生何かしらの不安から悩んで生きるのだろう。

だから、その不安や悩みを減らせるように、この性質のせいで周りに迷惑を掛けないように。


まずは目の前の憂いを払う努力をするのだ。例え根本的な解決が無理だとしても。


「稲荷ノ狐次郎様にお願いして、出来るだけ早く帰ってくるわ」

「……うん」

「彼がどんな神様かは分からないし、蔑ろにしているのかと怒りを買うかも知れない。

それでも私は、早く帰ってくる」

「うん」

「もちろん、なるべく穏便にいくように努めるわ。もしもの時も神の怒りが一族に向かないよう、そこだけは絶対に上手くやるわ。何を賭してでも、そこだけは必ずやってみせる」

「うん」


お互いに視線は合わせない。

合わせたらきっと、己はこの数ヶ月の間の彼女を見る内に膨らみ続けた不安から、情けない姿を晒すことになるだろう。

伽羅がそんな己に気付いて、それでこちらを向かないのかは分からない。分かった上でしているのかも、分からない。


だが淡々と、だけど優しく返事をしてくれる対応が、今はとても有難かった。


「呪いを受けていても、いなくても。

いつ死ぬかなんて人間にはどうしようも無いわ。天命だもの」

「……うん」

「それでも、それでもよ。

…………お願い、私が帰って来るまで、死なないで。死んじゃ嫌よ」


声が震えているのが分かる。行き場のない衝動を覚え、膝に置いている手に力が籠るのが分かる。

無理を言っていることは重々承知の上だ。こんなのはただの駄々だ。それでも、伽羅なら叶えてくれる気がする。そんな根拠の無い期待を、少しでも抱いてしまう己が忌々しい。


(伽羅ならどうにかしてくれる。伽羅の指示通り、私達は片羽のお業を倒すことが出来た、弱っているのに初陣の子がいるのに伽羅達は九尾吊りお紺を倒してみせた。

そんな伽羅だから、無理だと思ったことを叶えてきた彼女なら、また叶えてくれるって……)


口を噤み下を向きそうになっていると、そっと伽羅が膝に置いている芥子の手を握る。


「え……」

「ねえ芥子」


驚いて顔をあげると、伽羅はいつの間にか自分を見ていた。再確認するように握られた手を見て顔をあげると、慈しむような優しい顔をしている伽羅と目が合う。


「絶対、は言えないけど、あたしだって早死にはしたくない。だから足掻くだけ足掻いてみる。けど、あたしも所詮ただの人間だからさ。……駄目な時は駄目だと思う。

それでもいいならさ、約束しよっか」

「約束……?」

「そ、やーくそーく」


握っていた手を離し、伽羅は小指を芥子に向けた。約束……、とただ言葉を繰り返す返すだけの自分に、彼女はどんな約束なのか述べていく。


「芥子が戻るまで、あたしはあたしなりに足掻いて生きて待つ……っていう約束。どう?

あたしによるあたしの為のあたしが最後に開催する長生き出来るかなチャレンジ、それを見届ける役目を、芥子に授けてしんぜよう〜〜〜」


まるで寓話に出てくる神のように、伽羅は両手を広げて膝立ちになり、仰々しく己に言葉を授けた。言い終わると、彼女どうだと言いたそうな悪戯っぽい表情になり、笑いかけながら楽な体勢へと姿勢を変えた。


そんな、昔よくしていた馬鹿みたいなことをまたする彼女が、かつてのようにころころ表情を変える彼女が、何故だか可笑しくて。嬉しくて。……寂しくて。こんなやり取りがいつまで出来るのだろう、とまた後ろ向きなことを思ってしまって。

強引にその考えを振り払う為に、芥子は態とらしく大きく笑い出した。


「ふっ....ふふ、あははっ! もう、伽羅。貴女、何の……ふふっ、何の真似なの、それ……っ!」

「え、さっきのそんなに面白かった?もう一回やった方がいい?」

「ふふ、やめてちょうだい、馬鹿らしすぎる……あはは!」


わざとでも笑い続けていたら、案外本当に可笑しくなってくるもののようで。またするべきかどうか思案顔の伽羅の隣で、芥子は目尻に涙をためていた。


「ふふふっ、はー………はあ、お腹が痛い。やっと治った。ああ、大変だったわ」

「そんなに面白かったのなら上々だよ。ちょっと笑いすぎな気もするけど」

「ふふ、そうね。

伽羅。その約束、交わしましょう」


芥子は伽羅に向かって小指を差し出す。それを見て伽羅も再び同じように小指を向けると、芥子の小指と絡めた。


「いやあ、このまま流されて無かったことにされると思ってたよ」

「そんなことしないわ。でも、約束の内容を一つだけ付け加えてもいいかしら?」

「ん?いいよ、なに?」


首を傾げてこちらをみる伽羅に、芥子は必ずしも叶える為、宣誓の代わりに約束を一つ付け足した。


「伽羅は私が帰ってくるまで頑張って命を繋ぐ。それだけだと、約束なのに伽羅だけ果たす為に頑張ることになるでしょう?

だから私もしないと、釣り合いが取れないわ。私は伽羅に会う為に頑張って早く帰ってくる、これを付け加えさせて」


真剣に言ったその言葉を聞いて、伽羅は何故だかため息をついた。芥子は自分の発言のどこにため息をつく要因があるのか分からず、不思議そうに目を瞬かせる。


「え? 伽羅、何か可笑しかったかしら」

「いいや、可笑しくなんかないよ。ただ単に、芥子はやっぱり芥子だな〜って思っただけ」

「……?どういうこと?」

「相変わらずあんたは真面目で可愛い妹だなってこと。まあ気にしないで。

それよりほら、ゆーびきーりげーんまーん」

「え、あ、うそついたら……!」


握った小指を揺らしながら、伽羅は不思議そうにしている芥子を流して指切りの言葉を連ねる。慌てて途中から芥子も同じように指切りの言葉を言っていく。そして最後の言葉を言うと同時に、互いの小指を離した。


「「針千本のーます、ゆびきーった!」」

「さーて、これで約束されたんだ。果たす為にあたしはー……そうだ、まずは漢方を毎日ちゃんと飲むのことを頑張ろうかなー」

「それなら私は……そうね、出来るだけ向こうの迷惑にならない程度で、なるべく早く明日は交神に向かいましょう」

「お、いいね。

芥子、お互いに頑張ろうね」

「ええ、勿論よ」

「でもまあ、無理な時は無理だからその時はごめんね!」

「あっさり言わないでよ、もう……」


軽く笑う伽羅に対して、芥子は天を仰いだ。

いつまで続くことが出来るのかは分からない。それでもせめて今、このひと時ひと時を大事にしよう。それが多分、悲しく思い続けるよりも、きっとマシだから。