百鬼一族 血脈の書

百鬼一族 血脈の書

当サイトは俺の屍を越えてゆけ リメイクのプレイ日記となります。

浅葱と延珠

しとしと、しとしと。縁側から覗く京の街は、雨のせいで暗くどんよりと重たい。座って低い視線で眺める景色は雨だからこんなにも嫌な気持ちにさせるのだろうか。それとも、鬼達によって壊滅的になっているから活気がないのだろうか。少なくとも、今の俺には分からない。

 

(もうすぐ春とはいえ、2月はやはり冷えるな……)

 

はあ、と吐き出した白い息は空へと消えていった。冷えた体を温める為に手に息を吐いて擦り合わせるが、それでも寒い。

 

「親父、そんな所に居たら体を冷やすぞ」

「……ああ、延珠か。なに、少しの間なら問題ないだろう」

 

寒そうに手を擦り合わせてた人が何を言っているんだと、ため息を吐きながら俺の長男坊は隣に座った。オマケにさり気なく自分の着ていた羽織を俺に着せてきた。我が子が思いやりと気配りの出来る子に育っている姿を見れるとは……今日はいい日なのかもしれない。

 

「……無表情で嬉しそうにしないでくれないか?もう少し顔に出したらどうなんだ」

「顔は生まれつきだ。諦めてくれ」

「あのなあ、俺や姉さん達は親父の子供だから何を考えているか何となく察せれるけど……他の人らは分からないのが普通だからな?そんなんだから……はあ……」

 

……もしや、この間子供達が街に出掛けた際に何か言われたのだろうか。それで心配してこの子は助言しているのか?そうだとしたら……それは嬉しいものだ。

俺は顔に表情が出難く、言葉が足りないと言われることがある。俺としては問題ないが、そのせいで延珠に喜びが通じないのは悲しい。そうだ、頭を撫でて褒めたらいいのではないか?

 

「ありがとう、延珠」

「うわ!急に撫でんな驚くだろっ」

「褒めたかったんだ。撫でてる」

「事後宣言か……」

 

延珠はむくれた表情で胡座をかきなおす。流石に機嫌を損ねる気はない、手を止め再び外を眺めよう。連続で構うのは嫌だろうからな。この子が甘えた気質ならまだ構えたが……我慢だ。

イツ花さんから告げられた健康度は48。娘達に漢方を処置されたが、それも気休め程度。俺は今月いっぱいには確実に死ぬ。

これと言って恐怖はないし抗う気もない。いつか来るもののいつかが、俺の場合もう直ぐ訪れるだけだ。だがそれでも……それでも、思うことが無いと言えば、嘘になる。

 

「なあ、なに遠い目してんだよ、親父」

「…………さあ、何か見えたのかもな」

「ふーん……変なの」

 

口を尖らせて縁側から外へと伸ばした足をぶらぶらと振る延珠。下を向いて近くにある水溜まりを覗いているせいで、頭のつむじがよく見える。

 

(まだ幼いせいもあるんだろうな…3ヶ月だもんな)

 

小さく細い体格。弓使いとして鍛錬を積んだ結果、手に出来た豆。所々に鬼達との戦いや鍛錬で出来た傷がある自分の手と比べたら、まだずっと綺麗な子供の手だ。

今月は俺の都合で行けなかったが、来月にはこの子も戦うことになる。新しい家族も来る。新しい命が、俺の子孫達が使命を果たす為に脈々とやってくる。この家の未来には俺はいない。だから……

 

(だからこそ、遺さないといけないものがある)

 

俺は喋るのはあまり得意ではない。が、それを気にしてなんていないかった。だが、それでは駄目なんだ。自分のことなら、どう思われようがどうでもいいから放置していた。しかしこの意思は遺さないと、子供達や子孫が苦しむ。そんな気がしてならないんだ。

伊予と海蘭に言おうかと考えたこともある。だが、駄目だ。あの子達は俺の後を二人三脚で繋いで行くという役目がある。だけど、延珠にはまだ何もない。自由だ。この意志を継いだ上で、彼にはどうするか決めて欲しい。そう思う。

 

「延珠」

「なんだよ」

「今から一生分話す。そしてこのことは、これから来るお前の家族や子供達にも伝えてくれ」

「は……?何なんだよ…」

 

パッと顔を上げてこちらを向き直す延珠に合わせて、俺も姿勢を正して向き直る。

1人で居た時より雨足が強まってきた音がして、湿気た空気が肌を撫でる。まるで世界が雰囲気作りをしてるみたいだ。空気の読みすぎだな。

 

「俺がなぜ子を沢山残したか、なぜその子供達の血を繋げて行くように前から言っていたか不思議じゃなかったか?」

「あー……それはちょっと思ってた。ひと月の出陣で4人以上いたら陣形取りにくいから。何でだろうと思ったことは確かにあるけど……」

 

早く話せばと目が即してくる。俺としては言葉をきちんと脳内でまとめていないから、あまり即されても困るなと正直思った。延珠はまだ子供らしい生意気さが若干ある気がするな。微笑ましい。

 

「俺が5人の子を成した理由は大きく分けて2つある。

1つは、天界との繋がりを多く持つ為だ。何でかと言うと、俺は天界の神によって救いの手を差し伸ばされたおかげで今がある。だが、疑問に思うことがあるんだ。どうして当時ひ弱な赤ん坊でしか無かった俺を助けたのか。両親が朱点童子の寝所まで言ったからか、呪いを受けたからか……勘でしか無いが、善意で助けた可能性はほぼ無いと思っている。

イツ花さんと黄川人の話や様々な神様達の文献を見聞きした限りでは、神様とは人間を救って下さるお優しいモノと言うよりも人間臭さもある方々もいらっしゃるようだ。

伊予の母上の魂寄せお蛍様や海蘭の美津乳姫、そしてお前の母の水母ノくらら様と交神したおかげで、3人が珍しいタイプだった場合どうしようも無いが、神様とはそれなりに情を持ったモノだと知れた。

だから俺は、出来る限り子を増やしその子や交神相手の一族に情を持たせることで、天界勢が俺達一族を良いように搾取しようとした場合に味方になるかも知れない神様が少しでも居た方が良いと考えた。……これが1つ目の理由だ」

 

長々と話したせいで疲れた為、一区切りを付けて少し深呼吸をする。こんなに喋ったのは人生初じゃないか?

 

延珠を見ると、腕を組んで口元に手を当てて何か考えている様だった。俺の考えに思うことがあったのだろうな。

 

「正直、俺も天界の神が優しさだけで親父を助けたとは思ってなかった。俺達に掛けられた呪いを解くために朱点童子を倒す使命があるんだとは思うけど、何で神々はわざわざ交神してくれるんだろうな……って。短命の呪いのせいだとは分かってるけど、これが無かったら長い時間を掛けて親父を朱点童子を倒せる人材に育て上げるつもりだったんだろ?それが朱点童子のせいで予定変更になったのは分かる。分かるけど、まだ幼かった赤ん坊の為にわざわざ他の神々までも協力するか?それほど朱点童子に困っているのか?なら自分達でどうにか出来ないのか……ってな。

……神々には分からない点は多い。だけど分からないなりにも、味方勢力が多い方が良いのは納得出来る。俺は母さんしか神は知らないけど、母さん…くらら様は俺や親父に愛情を持っていた様に見えた。

俺の願望からの勘違いだったらどうしようも無いけどな」

「少なくとも俺にもくらら様は情を持っている様に見えた。勘違いだったらその時はその時だ。勝手に愛されていると信じる馬鹿な人間だと、馬鹿な子程可愛い路線を狙おう」

「それはそれでどうかと思うんだけど……」

 

そうだろうか。どんな感情であれこちらに心を傾けてくれたら今は十分ではないか?まだ全てのダンジョンも中頃までしか行けない弱い俺達だ、どんな感情でもいいから少しでも気にしてくれる神は多いに越したことはない。

 

「2つ目。出陣している間に鬼達が家を襲撃した場合の迎撃出来る人間が必要だと考えたからだ。1人余裕を持って家に居たら、5流だとまだ出陣出来ない幼い一族の子供や一線を退いた一族の子供以外にも必ず元気な人間が家を守ることが出来る。鬼達が家まで来ない保証は無い。それに……」

「それに?」

 

(言わないべきか……いや、万が一のことが起きて欲しくない)

 

ずっと心の奥底に閉じ込めていたモノがある。環境のせいなのか元々の性根からかは分からないが、俺という人間はかなり疑い深くひねくれている。俺に似ず、伊予や海蘭は疑うよりも信じる方が得意な気質の人間だ。それを悪いとは思わないが信じきっていた結果、手痛い目に合う可能性もある。

だから1人くらい、疑うことが得意な奴が居た方が良いだろう。幸いなことに延珠は周りがよく見える子だからな。

 

「俺は街の人間を信頼していない。今、京は壊滅的な状況だ。そんな中で街の人達は肩を寄せ合って生きている……延珠、質問だ。自分の住んでいる街は壊滅状態。その原因の鬼達を倒そうとした侍は次々と死んで行った。絶望に呉れる中、自分達が住む場所に鬼によって呪いを受けた生き物が近くにいたら……どう思う?」

「……直ぐにでも目の届かない場所へ消えてしまえって思う…。いや、だけど親父。確かに俺達をよく思ってない人達は街に居るけどさ、そんなに悪いヤツばかりじゃない、と、思う……多分」

「このことに関しては、やや過剰に気にしている自覚はある。……今はだいぶマシだが、俺と伊予だけの頃はまだ露骨なヤツらもいた。変わってきているとしても万が一が無いとは言いきれないだろう?」

 

味方は多いに越したことはない。扱いが緩和してきたのは、百鬼一族が復興資金の援助をしているからだろう。街豊かになって人の心に余裕が出来たら仲良く出来るか?余裕になって見えないものが見えてきて、弾圧される可能性はあるんじゃないか?何でもかんでも悪い方ばかりに進むと信じ込んでいるほど馬鹿では無いが、良くなるとも言いきれないだろう。自分の疑い深さにはほとほと呆れる。

 

「俺としては考え過ぎだと思うけど……取り敢えず頭の片隅くらいには入れておく」

「そうしてくれ」

「はー……、親父がそんなに色々考えてたとは知らなかった。それと疑り深いってことも」

 

今日話して良かった、なんて笑う息子が眩しい。俺も話せて良かったと思う。延珠とはほんの数ヶ月しか共に居れなかったからな……。

 

「それと最後に。この言葉は出来たら代々伝えて言って欲しい」

「そんな代々伝えたいくらいの重要な言葉は紙にでも書いておけよ……」

「いや、これは言葉に出して伝えて欲しいんだ。頼む延珠」

「別にいいけど……で、なんだよ」

 

これは、始まりである俺だから遺さないといけない言葉だろう。もう直ぐ来る俺の子供、まだ見ぬ孫や曾孫達へ……。

 

「始まりである俺に言われても嬉しく無いかも知れない。それでも、俺は伝えたい。生まれてきてくれてありがとうと。沢山のモノを見て、沢山のコトを通じて、自分を持って生きてくれ……こんな感じで伝えてくれ」

「………………うん、まあ分かった。伝えておく。おくけど、何で俺に言ったんだ?姉さん達にもこれから言うのか?」

「いいや、これは延珠から伝えてくれ。伊予達には別の頼みをする。だからこれは延珠にして欲しい」

 

伊予には当主を、海蘭はその補佐をして貰うつもりだからな。延珠にはこの言伝を語り継いで貰おう。様々な俺のひねくれた考えを知ったから、伊予と海蘭に対応出来ないことが来たらお前が守ってやるんだぞ。

 

「だから生暖かい眼差しやめろって」

「すまない、親バカをしているだけだから流せ」

「あっそー……」

 

呆れた風にため息を吐いて、延珠は縁側に寝転んだ。何となくつられて、俺も寝転んでみよう。

 

「あ、いつの間にか雨が上がってる」

「本当だな」

「話に集中してて気づかなかった」

「真面目な話だったからな。集中してしまうのも仕方ない」

「それもそうか」

 

けらけらと笑う横顔につられて、思わず口角が上がっているのが分かった。最期が近いからだろうか、若い頃に比べて表情が出やすくなった気がする。

 

「親父ってさ」

「何だ?」

「聞いた話を頭の中でまとめて、結果思ったんだけど、親父は家族以外はあんまり信頼してなかったりする?」

「……………………」

 

そっと向けていた視線を正面に戻し、ぼんやりと天井の木目を眺めながら考える。

確かに俺は天界の神様方を基本的に信頼していない。京の人間は好きではない。黄川人は天界の使いなのと、本人の性格もあって心を許してはいない。イツ花さんは……天界からの差し金だということを除けば、俺達を助けてくれるお手伝いさんだからまあ……多少評価している。

 

「あんまりと言うよりほぼ、だったな……」

「…………俺、この短時間で親父の人物像がめちゃくちゃ変わってきたんだけど。

無口で何考えてるか分かんない人から凄く面倒臭い家族大好き人間に進化した」

「そうか、照れるな」

「照れてるならもう少し顔に出せよ…」

 

そう簡単に表に出せる様な柔らかい表情筋を俺はしていないからな。それにしても、終ぞ俺の顔の筋肉は発達しないままだったな。来世に期待しよう。

 

「可哀想だから後でくる兄弟には親父がこんな面倒な人だったとは言わないでいてやる」

「どういたしまして」

「はーー〜〜〜も〜〜!何か疲れた!雨上がったから気分転換に訓練してくる!!」

 

勢いよく飛び起きた延珠は大きな足音を立てて去っていった。俺は縁側から出していた両足を上に戻して横に寝転ぶ。瞼を閉じてみると他の神経だけが頼りになるからか、遠くで延珠とイツ花さんの喋り声が聞こえる。何を話しているんだろうな……。

 

さて、一息ついたら俺も行動に移そう。最後の仕事が残っている。もう少し、もう少しだけこの家族との居場所に思いを馳せたら、最後の交神へ行くとしようか。俺の、最後の子供と母神様の元へ……。