百鬼一族 血脈の書

百鬼一族 血脈の書

当サイトは俺の屍を越えてゆけ リメイクのプレイ日記となります。

伽羅の懐古 2 下

『────あれ、どうしたの?

ああ、この間は中途半端なところで話を終えちゃったもんね。そっか、気になってたんだね。じゃあ今日はあの後の、梔子と山茶花の二人とした話について語ろうかな。

そうだ。あたしはもう食べれないから、残りの秘蔵のお菓子もあげるよ。それでも食べて、年寄りの長話に付き合って?

芥子と恒春の話をしたのに、あと二人の話をしないのは心残りだからね。

うん、そうだよ。残りの先代たちが大事にしてた役割の話のこと。せっかくだから、それも含めて遺しておこうかと思って。ばばあの話、流し聞きしたら許さないからね?』

 

 

「よっ、話があるんだろ?」


片手をあげて、自分の前に現れた鮮やかな赤色は、いつものようにへらりと笑った。確かに自分は話たいことがあるから探すつもりだったが……まさかあちらから来るとは。


辺りの襖が開け放たれているせいで、その男は射す木漏れ日を受けてきらきらと赤い髪を輝かせていた。

その男こと、相棒かつ弟の百鬼梔子。彼は早く来て欲しいのか、何度もこちらを手招きをしていた。


「おれと山茶花も伽羅に話しがあるんだ。

話の内容的に立ち話で済ませたくなくてさ。相棒も立ち話する気はないだろ?

おれの部屋で、山茶花がお茶を用意して待ってくれてっからさ。だからまあ、着いてきてくれね?」

「確かにないけど……ちょっとびっくりしちゃった。まさか梔子から来るなんて、思ってなかったから」

「ははっ、そうかよ。まあおれは想像を超える男だからー?  驚いて当たり前だな!」

「えーなにそれ。それじゃああたしは、想像を超える女のポジションを貰っちゃうよ?」

「お、いいなそれ。二人合わせて人智を超えた人間……ってことでどうだ?」

「いいね、最高!」


突然現れた瞬間、伽羅は“ もしかして梔子も何か悩んでるからあたしを探してたとか……?  討伐行った子達、みんな何かしら抱えちゃったの?  マジで?  そんなに親玉戦って心に傷をつけるものなの?  ”と、ついさっきまで会っていた二人の様子から、ついつい突飛なことを思ってしまっていた。

だが梔子はいつも通りに、ぽんぽんと自分と軽口を飛ばし合っている。


(普段通り、だよね……梔子の性格上、芥子みたく本当は悩んでるって可能性低いだろうけど……どっちなんだろう)


心中で首を傾げながら、部屋へと足を向かわせつつも注視して梔子を見る。

しかし、彼はこれといって変わった様子は見当たらない。考え過ぎだろうか、いや、しかし……。

二連続で悩み相談を受けたせいで、伽羅は周りに対して過敏に考えてしまうようになっていた。


「話がなんなのか、用件だけでも先に聞いていい?」

「悪ぃけどそれはダメだ。どこにヤツラの目があるか分からないからな。ほら、あれだアレ。壁にミミリン障子にラムリン?」

「耳あり目あり、でしょ。それだと子供チャレンジだよ?」

「あーそうかそうだった。

そう言えばラムリンは引退して、新しいキャラクターに代わったらしいぜ?」

「え、嘘?!」

「ほんと」


さり気なく尋ねてみるも、梔子はあっという間に話題を変えてしまった。

部屋でないと話す気がないのか、それとも今言う気分でないのか……ながらく相棒をしている身としては、恐らく後者だろうと、伽羅は心の中で断定した。

何故なら彼の相棒は小細工や探り合いが滅法へたくそであり、本能のままに生きているような、そんな人間なのだ。


例をあげるなら、先の討伐もそうだ。そろそろ迷宮の親玉討伐に行ってもいいのではないか、そう考えていたある日のこと。

これといって考えている素振りはしていなかった筈なのに、ある日突然梔子は伽羅の元にやってきてこう言った。” そろそろいけんじゃね?  行こうぜ迷宮大将の討伐!  絶対おれを討伐隊に入れてくれよな! ”……と。

何をもってしてそろそろ行けると判断したのか、自分はそんなに分かりやすい態度取っていたのか……なんて、言われた瞬間に様々な言葉が頭を巡ったのは、突然の出来事に驚いて混乱したからなのだろう。

日が経ち冷静な頭になった今の伽羅だから言える言葉だった。


そうこう別のことを考えながらも会話して歩いていると、あっという間に彼の部屋の前に着く。部屋の襖はきっちりと閉じられており、中に山茶花が居るのかはパッと見では分からない。

自分の部屋だからだろう、梔子は遠慮なく勢いよく襖を開けて中へと入って行った。後に続くようにして伽羅も部屋へと入って行く。


山茶花ー伽羅連れて来たぜー」

「ありがとう梔子兄さま。伽羅姉さま、お茶の用意は出来ているわ。さあ、座って座って」

「わっ、……とと。ありがと、山茶花

「ふふ、お茶請けにおせんべいもあるの。良かったら食べて?」


部屋に入ると、中には見慣れた青空の色が居た。青空色、山茶花は梔子の文机に、三人分のお茶と茶菓子のせんべいを置いて座って待っていた。

だが伽羅を見るなり立ち上がり、背中をぐいぐいと押して机の前に座らせてきたのだ。相当待ち構えていたから急かしたのだろうか? 

考察すれど、にこにこと微笑んで左隣に座る妹の真意はわからない。


不思議に思っているうちに、どかりと右隣に梔子が座ってきた。

彼は自分や山茶花にお構いなしに、話しをする為に部屋へ来た筈なのに、腹が空いていたのかさっとせんべいを手に取り食べだした。山茶花も、呑気にお茶をすすり出した。

ずるずる、ばりばり、本題は何処へやら。

左隣はにこにこ笑ってお茶を飲む山茶花、右隣にはせんべいをぼりぼり食べる梔子。

…………そう言えばこの二人は、あたし達兄弟でも一、二を争うマイペースな子だったな。

なんて言葉が、伽羅の頭の中を過ぎ去る。確かに直ぐに話をする必要性もないし、まず喉と腹を満足させたいのだろう。


伽羅は二人に倣って、山茶花が用意してくれたお茶を飲む。

もしこの場に百鬼家ツッコミ組がいたら、伽羅も十分マイペースだよ……と言うことだろう。だが閑話休題、そんなことは置いておこう。ある程度喉が潤うと、伽羅は持っていた湯呑を机へ置いた。


「はー……お茶が美味しい。それで?

あたしから話し出していいの?  それとも二人から先に話す?」

「姉さまが先でいいんじゃないかな?

兄さまはどう思う?」

「おれもそれでいいぜ。お先にどーぞ」

「そう?  それなら遠慮なく。

二人は、さっき居間を襖の隙間から覗き見てたよね?」


梔子達の用件は確かに気になるが、弟とした内緒の約束を守ることのが、今の自分にとっては大事なことだ。

その約束の違反になりそうな案件は、ことがことだけに早めに対処しておきたい。


襖の間から見えたのは、確かにこの二人の髪だった。芥子は縁側に、樒はまだイツ花と買い物中の筈。

ならば残るは梔子と山茶花、二人しか該当者はいない。オマケにまるで証拠となるように、梔子のイヤリングも見えたのだ。

様々な要素からそう推察したからこそ、伽羅は疑問ではなく断定で、二人に見ていたかを質問した。


そんな伽羅の質問に答えを返したのは、梔子だった。彼は申し訳なさそうな、まるでイタズラしたことが親に見つかった子供のように、気まずそうに一言、謝罪を述べた。


「あ~~~ごめん、覗いたことは本当に悪かったと思ってる」

「私からも、ごめんなさい。覗きは良くないことだと分かっているのにしてしまって……ごめんなさい」


ただ覗いたか否かだけを知りたかっただけの伽羅は、二人して双方から頭を下げられて困ったように眉尻を下げた。別に己は怒ってはいない。


「二人共顔をあげて?  あたしは怒ってなんかないよ。事実確認をしたかっただけだから、ね?」

「おれはなー、伽羅。確かに我は強い自覚はある、だけど良識はちゃんとあるんだぜ?

だから悪い事をしたら謝る、これは例え肉親だろうがきっちりやらないと駄目だからな。

それに内容的に恒春には謝れそうにないし。だから伽羅に二人分の謝罪を込めた」

「あー……そういう。あんたそういうところはしっかりしてるよね……」

「梔子兄さまの言う通りよ、伽羅姉さま。

恒春兄さまには謝れないから、伽羅姉さまにとっては要らないことだけど…私、どうしても二人にちゃんと謝っておきたかったの」

「あーでも形だけでも恒春に謝った方がいいよな。百鬼ファミリー念波で謝ろう。届け、この思い!

恒春覗き見してごめんな~~~」

「兄さまごめんなさい~~」

「いや二人共謎の念波飛ばさないで?  話の続きしていい??

……二人はどの辺りから覗いていたの?」


普段はボケにまわることが多い伽羅だが、自身を超えるボケと天然ボケしか場にいないとなると、流石にツッコミへと変化する。

居間がある方角に両手を組んで祈る二人に対し、このままでは話が進まないと感じた伽羅は裏手でつっこんだ。


伽羅の言葉を受けて、二人は素直に祈るのを止めてわざとらしく頭をかいて謝ってきた。どうやら脱線した自覚はあるらしい。

梔子はせんべいを手にしながら、きりりと真面目そうな顔つきを作って話しを戻した。


「その前に何で覗いていたか、理由を話していいか?  そこから順を追って説明する」

「うんいいよ」


伽羅は手で話す様に即す。

そしてふと見ると、自分と梔子が食べ過ぎているせいで、山茶花がせんべいを一枚も口にしていないことに気が付いた。

申し訳なく思いそっと妹の手にせんべいを渡すと、山茶花はお礼を一言呟き、そのまま当時の状況の説明を始めた。


「私たちはね、伽羅姉さまを探していたのよ。二人で姉さまはどこかな、どこにいるのかなって家の中を歩いていたら、恒春兄さまの三味線の音が聞こえたの。

それで恒春兄さまにね、姉さまがどこにいるか知らないか聞こうと思って襖を開けようとしたの。そうしたら」

「小さい声だけど、恒春が誰かしらと喋ってる声が聞こえてな。なーんかおれの第六感が普通じゃない雰囲気を察知して。

勘に従って様子見の為にそっと襖を開けてみたら、泣いて“ オレはおかしいの ”って言ってる恒春と目的の伽羅が居てな?

やっべえこれは入れねえって思って。見なかった振りをするべきだったんだろうけど、心配だったからな。もしもの時は中に入るつもりで覗いた」

「わたしはね、梔子兄さまが襖の隙間から凝視して止まってしまったから、何でそうなったのか気になって私も覗いたの。

そうしたら恒春兄さまが泣いていて……梔子兄さまを連れてこの場を離れることが一番だと頭では分かっていたけど、咄嗟に動けなくて……。

その後はそっと閉めるタイミングが掴めなくて、兄さまと覗き続けて……そして姉さまに見つかったの」


それでも覗くのは良くなかった、本当にごめんなさいと、二人は再度謝ってきた。

伽羅がそう何度も謝らなくて良いと伝えると、二人は謝るのを止めたが、それでも少し申し訳無さそうにしていた。

どちらも良心的な心根の持ち主だからか、恒春の本心を勝手に覗いてしまったことが響いているのだろう。梔子に関しては、良心の前にある筈の常識がぶっ飛んでいるが。


「……とにかく、二人が覗いていたのはそういうことだったんだね。それに話しも、ほぼ聞いていたことも分かったよ。

あ、ちなみに何であたしを探していたかは追追聞いてもいい?」

「おう、勿論いいぜ。俺達からの話ってそのことだからな」

「そうなんだ。

でもその前に、もう少しいいかな?」

「大丈夫よ、なあに伽羅姉さま」

「恒春の話についてね。

あのことは恒春が自分から言い出さない限り、聞かなかったことにしておいて欲しいんだよね」


伽羅が二人に一番しておきたかったこと、それは口止めだった。

聞いていないのならばする必要は無かったが、どうやら恒春の隠したい事柄を二人はだいたい聞いていた。というかほぼ聞いていた。

 

内容が内容なだけに、恒春自身に立ち聞きしていたことをばらすことはないだろう。だが恒春のメンタル状態によっては、言い出すことが有り得そうだと伽羅は思った。


「とーぜん、聞かなかったことにするよ。んな野暮ことはしねえよ」

「そうね。恒春兄さまは私の前では兄らしくあろうとしているから……妹の私は、そんな兄さまの気持ちを無下にしたくないもの。

だから私は、何も聞いていないわ」

「ひゅーぅ、山茶花かっこいいな!

お前が兄想いで兄さま感激」

「梔子ーあたし今真面目モードだから茶化すの禁止ねー。でないとあんたが真面目な話をした時に茶化し返すからー」

「うげ、それは勘弁。いつもより三割真面目にするから、だからやめてくれ!」

「三割か、まあ梔子にしては頑張ってると見なしてあげよう」

「おおお、そいつは良かった。ありがたやーありがたやー」

「ふふふ、姉さま達は本当に仲良しね」


くすくすと楽しそうに笑う山茶花に釣られて、思わずこちらも笑顔になる。当然だ、自分と梔子は最高の相棒なのだから。

口止めともう一つ、これからを見据えて二人にお願いをしておこう。自分はきっと、あと数か月で居なくなるのだから。

一抹の寂しさを覚えながら、伽羅は和やかな空気の中で口を開いた。


「最後に一つ、あたしから二人にお願いしてもいい?」

「なあに?  伽羅姉さま」

「ん、何だ?」


和やかな空気が流れるこの空間が、沈痛な雰囲気になって欲しくは無い。伽羅は言葉を選び、出来るだけ明るく大袈裟にお願いを言った。


「ほら、あたしってもうだいぶ老体じゃん?

来月には梔子の子供も来るし、次代の育成もあるからさ。今まで程周りを見るのは難しくなると思うんだ。

だから少しだけでいいから、恒春のこと目にかけてやって?」


お願い!  と両手を合わせて二人に言う。

梔子と山茶花はその言葉を受けて、目を見合わせた。そして何か通じ合わせたのか、互いに少し頷きあう。

こちらに振り返った双眸二対の水色の瞳が、まるで決意したかのように伽羅を突き刺した。


「分かった、恒春のことは心配すんな。

おれと山茶花で見て置く」

「恒春兄さまのことは私達に任せて?」

「ありがとう、お願いね」

「おう。それでだ、伽羅。

次はおれ達の話しをさせて貰う。

おれ達の話しはな、お前が老体ってのが関係してんだよ」

「……は?  どういうこと?」


自分に話しということで、もしや己に関係があることかも知れないとは思っていた。

が、まさか年寄りであることが関係しているとは、全く思っていなかった。そのせいで、伽羅は思わず気の抜けた声を出してしまった。


「えーと、ごめん。全然話が想像できない……」

「詳しいことは今から説明すっから。取り敢えず聞いてくれ。

山茶花、おれは順序立てて喋るの苦手だから、代わりに説明して貰ってもいいか?」

「うん、勿論よ梔子兄さま。

伽羅姉さま。少し長い話になるから、お茶でも飲みながら聞いてね」


山茶花は急須を手に取り、お茶の少なくなった伽羅の湯呑に注ぎ足した。

ついでとばかりにそっと空になった湯呑を差し出してきた梔子と、自身の湯呑にお茶を入れると、山茶花は真剣な面持ちで話し出した。


「私達はね、伽羅姉さま。

この間私と兄さま姉さま達の四人で天女を討ったでしょう?  そこで百鬼家初の親玉討伐、相翼院最奥突破と言う武勲を立てたわ。この家に残る武勲を。

………私と、梔子兄さまはね。天女討伐した時から、武勲を立てた時から、ずっと同じことを考えていたの。“ 伽羅姉さま共に、伽羅姉さまにも、武勲を立てて欲しい ”……って」

「え、あたしが……?」

「ああ、そうだよ」


真っ直ぐ真剣に、その声色や雰囲気から、山茶花と梔子が本気で言っていることが分かる。

……そんなことを二人が考えているなんて、思いもよらなかった。だって、自分はもう無理だと早々に切り捨てていたから。


自分があと数々月若かったら、もっと強かったら、弟妹がもっと早くに生まれていたら、次世代の育成なんてしなくて良かったら、そうしたら、……まだ自分も共に戦えたのに。

そんな無茶で無意味で無情な考えは、親玉討伐を本格的に考え出した時に最初に捨てた。あると邪魔なモノだから。

 

伽羅はもう一歳九ヶ月、母が亡くなった一歳八ヶ月を一ヶ月過ぎている。長生きだった鹿子の歳までは、あと二ヶ月。亡くなる数ヶ月前から、姉は徐々に弱っていった。自分もそろそろそうなる、いや、気が付いていないだけでなっているのかも知れない。

そんな自分がもし出陣したら、高い確率で迷惑をかけることにだろう。最悪の場合、死人が出るのでは、なんてことも思ってしまう。


それに行くとしても、どこへ誰と行くと言うのだろうか。もし来月だとしても、訪れる梔子の子供の育成、樒の初陣という大きな出来事が二つあると言うのに……。


伽羅の憂いとは裏腹に、梔子と山茶花は真剣に自分を見つめてくる。冗談、なんて口が裂けても言えない雰囲気だ。


「……二人共、本気みたいだね………」

「本気よ、私は姉さまに武勲を立てて欲しい。その為なら、私は伽羅姉さまを守る盾として決して死なせたりしないわ。勿論、討伐に出る皆も守るわ。自分だって守る。誰も死なせない、私が守るわ」

「具体的な討伐の対象も作戦も、既におれ等で考えてある。ま、一先ず聞いてくれねえか?」

「……分かった」


山茶花の決意は申し訳ないが断ろうと口を開きかけたところに、梔子の言葉を受けて、伽羅は取り敢えずは大人しく聞くために引き下がった。


「まず行き先についてだが、鳥居千万宮に行こうと考えている。

一つ目は行動のし易さ。鳥居の法則性が分かれば、最短で奥まで行くことが出来る。最初に速瀬を使って早めに正解の鳥居まで行っておいて、余裕を作る。

当たりの鳥居を何度も出入りすることで、常に近くに鬼たちが出現するからな。戦闘経験を積みやすいし、危ない時は即座に鳥居を潜って逃げることが出来るって言う利点がある。

二つ目は属性武器入手の為。あそこは見掛けた限りでは、真砂の太刀と岩清水ノ槌を持っている鬼が居る。属性武器は強力だ、戦力強化の為にも取っておきたいしな。それに今うちにある属性武器は薙刀、弓、槍の三種だ。ただ、槍の笹ノ葉丸は既に恒春の身の丈にあって無いから使えねえ。だからこそ別種とはいえ、属性武器はあった方がいいだろ。戦略が広がるし。

三つ目はあの迷宮に居る鬼の属性が土と火が多いから。土と火ってことは、簡単に言うと固くで攻撃が高いのが多いってことだろ?

討伐に行くとなると山茶花が盾、俺がトドメを刺す役を担うことが多いだろう。そんな俺達二人は足の速さには自信があるし、防御が得意な山茶花が前で盾になってくれているうちに攻撃が得意なおれが素早く敵を射殺す、そして伽羅が大勢を薙ぎ倒す。そういう陣形が取り易い。

土と火の術を使って来たとしても、回復術が得意なおれと伽羅がいるんだ。即座に立て直し易いだろ。

……迷宮を選んだ理由は以上だ。質問はあるか?」

「……そうだね………、想像以上に本気なことがよく分かったよ」


伽羅は正直に言うと、梔子を少し舐めていた。普段コンビで何かをする時に、作戦を考えるのは基本自分だった。そして本人が策を立てるのが苦手な性分をしているから、もう少しアバウトな説明をされると思っていたのだ。


(海蘭姉の子供だもんなあ……それに山茶花も一緒に考えたんだから、こうもなるか)


梔子の母である海蘭は、息子と違って穏やかでおっとりした人間だった。しかし伽羅の母、二代目当主の伊予の右腕として、公私共に支える頼りになる右腕でもあった。

梔子はその海蘭の子だ、彼女が息子に何も残さない筈がない。伽羅の目には、今の梔子の姿が、かつての姉と何故だか重なって見えた。


そんな梔子だけで無く、山茶花も居るのだ。我らが五兄妹の末っ子。ほわほわとした笑みと優しい気性のせいで忘れそうになるが、この妹はとても冷静に物事を判断出来る頭を持っている。

日常生活のちょっとした会話においても、それこそ出陣時に例え姉と兄が重傷を負った時でも、この子はいつも的確な判断を下す頭脳を持っているのだから。


二人が鳥居千万宮を選んだ理由はよく分かった。理は通っていると己も思っている。

だが、一つ気になることがある。迷宮についてではないが、何故だが敢えて言われていない気がしていることがある。


「じゃあ、一ついい?」

「お、いいぜ。何だ?」

「討伐に行くのがあたし、梔子、山茶花なのは分かったよ。

だけど、普段は四人編成で出陣してるのに、三人で行くつもりなの?  それともあと誰か一人連れていくの?」


さっきから梔子も山茶花も、自分を含め三人しか名前をあげていない。まさか三人で行くとは言わないだろう、わざわざ戦力を減らす理由は無い。

百鬼家は普段四人編成で討伐に赴いている。指揮をするのと陣形を組むにあたって、この人数が最大限に力を発揮できる形だからだ。

だからこそ、あと一人が誰なのかが伽羅は気になっていた。その一人によって、作戦も陣形も変更しないといけない可能性があるからだ。


「最後の一人はね、」

「待て山茶花、折角だからあと一人は親玉についての説明の後に言おうぜ。

お楽しみは最後にとっておくもんだからな!」

「大事なことなんだから今でいいじゃん。梔子達は誰、ていうかどっちにするつもりなの?

ほら、山茶花も梔子に何とか言ってやってー」


ドヤ顔でそんなことを言い出す梔子に呆れて、伽羅は自分の耳飾り弄りながら山茶花に言葉をふる。

すると山茶花は、梔子の言葉に思案顔をした後に、飛びっきりのいい笑顔を伽羅へと向けた。


「……うん。そうね、折角だから兄さまに倣ってそうしましょう。ごめんなさい伽羅姉さま」

山茶花まで!?

うわー……そう来るとは思わなかった!」


勿体付ける必要性がどこにあるのだろうか。まさか山茶花まで秘密にしてくると思っていなかった伽羅は、額に手を当てて天井を眺めた。

 

今日の山茶花は完全に梔子と共謀している。まあまあと宥めるように山茶花に最後の一枚のせんべいを渡されて、有り難く受け取ると噛み砕きながら、伽羅は考える。

候補は二人しかいない、芥子と恒春だ。伽羅としてはどっちだろうと頼りになる人物なので、別に最後の楽しみになるとは思えないが……。


(……ん、あれ?  ちょっと待った。

来月って樒の初陣じゃなかったっけ……?)


突如として降ってきた思考に、凄く嫌な予感を覚えた。そんな自分を追い詰める様に囁く声が聞こえてくる、“ この男ならやる ”……と。それは紛れも無く自分の声だった、きっと本心の声だったんだろう。

凄まじい早さで己を蝕む不安な気持ちを落ち着かせる為にお茶を飲んだら、思っているより動揺していたのか咽てしまった。鼻にお茶が入って痛い。


「う゛……ッ、ごほっ」

「何してんだよ伽羅、変なところにでも入ったか?」

「姉さま大丈夫?」

「ごほっぉえ、だ、大丈夫。ありがとう二人共」


口元に零れたお茶を拭いながら、咽る自分の背中を擦ってくれた二人にお礼を言う。


確かにこの男なら、初陣の樒を親玉討伐に連れて行きかねない。いや連れて行く。絶対に連れて行くに決まっている。

何故なら相棒は良識は持っていても、常識は放り投げているような人間だからだ。百鬼梔子と言う男は。相棒として折り紙付きの印をあげたくなる位に。


少し、昔話をしよう。過去にこの片割れは、討伐中に鬼の攻撃を受けて弓が折れたことがある。その時は替えの弓も無く、修繕出来るような物の無い状況だった。

伽羅は敵が持っている弓を奪うまで、梔子に術で味方の補助もしくは待機と指示を出し、当時共に出陣していた後列の芥子の更に後ろに下がらせた。

だと言うのに、この男はノコノコと前に出てきたのだ。芥子の隣で矢を握って、鬼を刺したり蹴ったり殴ったり、術を使ってぶっ飛ばしてみたり、兎に角好き放題戦った。戦いやがった。開いた口が塞がらないとはこのことだなと、その場にいた梔子以外みんなの心が一つになった瞬間だった。

ちなみにこの馬鹿は、その後は一本じゃすぐ折れる!  束で持つと強度が上がる!  等と宣っていたことだけを記しておく。


百鬼梔子はそういう男だ。

別の時に梔子が“ 常識?んな言葉が書いてある辞書はおれの中には無い!  焼いた! ”と言っていたことを、いま何故だか急に思い出した。……頭を抱えたくなった。


(あーでももし親子出陣できたら楽し……ああダメ!  それは絶対に危険ダメ!!  うん!!  よし!!!  まだそうと決まった訳じゃないし考え無い様にしよう!!!!!!  

そうしようあたし!!!!!!!!)

 

伽羅はもうこれ以上考え無いように、思考を停止させた。脳内での独り言のせいで、それが悪手だと教えてくれるものは辺りには誰も居ない。


「うん、もう平気。続けて?」

「次からはゆっくり飲もうね、姉さま」

「そうするー。梔子、次は何で鳥居千万宮の親玉を選んだか教えてくれる?」


気を取り直して質問すると、梔子は一口お茶を含み一心地付けてから喋り出した。


「はー……、茶が美味い。

ああ、親玉を選んだ理由は迷宮よりも単純なモノだ。敵の数が九重楼だと二体いる可能性が高いからだ。鳥居千万宮は一体だけの可能性が高い、こっちのがまだ御し易いと思ってな。

黄川人が話した親玉達の内容、覚えているか」

「……九重楼が二柱の神、鳥居千万宮が狐の女鬼、でしょ」

伽羅の言葉に、梔子はこくりと頷いた。伽羅は先程減らしてしまったお茶を継ぎ足して、喉を潤わせながら話しの続きを即した。


「あいつが言っていた相翼院の親玉の情報は当たっていた。だからといって今回も正確だとは思わねえけど、それなりに参考にする余地はあると思うんだよ。

迷宮の利点を加味しても、おれと山茶花は鳥居千万宮でいいと判断した。伽羅はどう思う?」

「あたしは……」


二人から注目の目を向けられながら、梔子の話を噛み砕く。残る未攻略の迷宮は四つ、鳥居千万宮、九重楼、白骨城、大江山、この四つだ。

 

季節からして後ろの二つは立ち入れない、選択肢から除外される。そうなると鳥居千万宮と九重楼の二択になるのだが、二人の言う通り考える限りでは鳥居千万宮に行く方が利は多い。

ぱっと思い付く限りでは、九重楼での利は未入手な術が幾つかあること、拳の指南書があることの二つだ。

どちらも重要だとは理解しているが、もしも行ったとして、弱っている自分がいるのに親玉に勝てるのだろうか。あちらは二体いる可能性が高いと言うのに。


(二体いるかも知れない、てことが難しいよねー……)


考えをまとめた結果、九重楼は利点が大きくとも今の己が居ては二体だと倒すのが難しい。二人と同意見で、鳥居千万宮が良いだろうと伽羅は結論付けた。


「あたしも、二人と同じ意見かな」

「だよな、伽羅ならそう言うと思ったぜ」

「でも、行くことはまだ納得していないよ。それに最後の一人が誰か教えて貰っていないしね」

「……ねえ梔子兄さま、もう言ってもいいよね?

言わないと、その一人を選んだ理由を話せないもの」

「ん、いいぜ」


立てた計画への異議は無くなったが、伽羅本人は行く気持ちは一切無い。二人の気持ちは嬉しい。だがそれはそれ、これはこれだ。迷惑駄目ゼッタイ。

 

それにまだ教えて貰っていないこともあるのだ、これで靡く訳が無い。

そんな全く響いていない伽羅を気にせずに、山茶花はあと一人は誰なのか口にした。


「最後の一人はね、樒ちゃんだよ」

「来月初陣だもんな。親子出陣しようぜ!」

「……あ~~~~~やっぱりそう来たかあ…」


べしゃり、伽羅はせんべいを入れていたお皿に覆いかぶさる様に文机に突っ伏した。目の前が机の木の模様しか見えなくなる前に、梔子と山茶花の輝かしいばかりの笑顔が見えた気がしたが、きっと気のせいではないのだろう。


この二人は初陣の意味を分かっているのだろうか、分かった上で言っているのだろうな。いい笑顔だった。

可笑しい、梔子とコンビで家を振り回すのは己だった筈なのに……これが世代交代というヤツなのか……!

等と、現実逃避をしたい伽羅の気持ちは空しくも無視されて、両隣の二人から腕を引かれて無理やり上体を起こされた。


「まじか~~そう来ちゃったか~~~そう来る気はしてたけどさ~~~」

「おーい伽羅、現実に戻って来て貰ってもいいか?  話の続きをしてえんだけど」

「伽羅姉さま想像以上の反応ね、ちょっと驚いちゃった」

「あたしはもっとびっくりしたよ……」

「あー兎に角だ、取り敢えずおれ達の言い分を聞いてくれね?」

「いいよ、聞きながら元に戻るから話してて……」


投げやりにやけ食いしたい気持ちになった伽羅は、もう無いというのにせんべいを入れていたお皿に手を伸ばした。当たり前だがそこにせんべいは無い、自分が最後の一枚を食べたからだ。伸ばした手は虚しく弧を描き、行き場をなくして膝元に戻る。


長く重いため息を吐く己を、それはそれは楽しそうににやにや見てくる隣の相棒。

そのおしゃれ眼鏡、へし折ってやろうか。


「すっげえ酷い顔してるぜ、相棒」

「誰のせいかな、相棒」

「俺だろうなあ!」

「はーーーー〜……」

「伽羅姉さま、私から樒ちゃんも一緒に出陣したい理由を言ってもいい?」

「いいよ、山茶花

その代わりお姉ちゃんを癒して〜〜癒しながら話して〜〜」

「わあ。ふふ、勿論よ姉さま」


梔子への疲労感から優しさと癒しを求め、百鬼家きっての癒しキャラである山茶花へと抱きつく。母である鹿子に似て面倒見がいいからか、彼女は伽羅の頭を撫でながらゆっくりと話し出した。


「樒ちゃんも連れて行きたいのはね、沢山あるの。早いうちから出陣して強くなって欲しいから、今の私達なら初陣の樒ちゃんが一緒でも親玉と戦える力が充分あるから、同じ薙刀士の姉さまの実戦の姿を見て学んで欲しいから……ここまではいい?」

「うん。いいよ」


撫でてくれている手を名残惜しく感じながら離れて、梔子に背を向けて山茶花と向き合う。

どれも山茶花にとって、本当に一緒に出陣したい理由なのだろう。

だが今言った言葉達は、大きな理由では無いように伽羅は感じた。


「それでね、一番、一番私が樒ちゃんも連れて行きたい理由はね。

……樒ちゃんが望んだから。だから、連れて行ってあげたいの」

「樒が……?

あの子、そんなことを言っていたの?」


神妙に頷く山茶花に返す言葉が見つからず、伽羅は思わず黙ってしまう。

息子が、そのように望むとは。

どういう化学反応を起こしたのか。喜怒哀楽がはっきりしている気質のある己や、笑顔でいることが多かった父である鳳あすかとは違い、樒はあまり表情が変わらない。感情がない訳では無いが、自分達ほど起伏が激しくない子だと伽羅は見ている。

だから自分と出陣したいと思っているなんて、少し予想外だった。


良好な親子関係を築けているとは思っているが、あの子は情だけで自分と出陣したいと言う子だとは考えてもいなかった。いいや、考えることはあるかも知れない。

だけども、あの子は人や周りがよく見える子だ。私の状態や、親玉討伐に乗り出している今の状況でそんな、そんな嬉しい……ううん、兎も角、そんなことを言うとは。

いや、だがしかし……もしかして。伽羅は一つ、疑念が生じた。


「……もしかして、望んだけどあの子的には叶える気は無いとか?」

「うん、そうなの。それが出来たらいいのになって。親子で親玉討伐なんてことが出来たら、夢物語でも憧れるって」

「あー……やっぱりね。そういうことかあ」


周りが見えるからと言って、樒は心を押し殺して秘めるような性格はしていない。その辺りは父に似たのか、自分と言うものしっかりと持っている。自分から喋ることはあまりしないが、尋ねればはっきりと己の考えを教えてくれるのだ、あの子は。


一ヶ月と短い期間だったが、その間で見て聞いき知った、自分の交神相手こと鳳あすかという男神

彼はその名の如く、自由に空へと羽ばたく鳥のような男だった。己の思うままに生き、素直に心と向き合うことが出来る、本心から好感を覚える神であった。

そんな彼と樒が似た一面を持っていることを実際に知り得て、何だか心温まる感覚を伽羅は覚えた。


「たぶん樒ちゃんも、本気で叶えたいとは思ってないと思うの。樒ちゃん、“ 迷宮踏破に踏み出している今の百鬼家で、自分と母さんが一緒に出陣は無理だろう ”ってはっきり言っていたから。

でも、出来たらいいなって。本当にそう出来たらいいのにって、諦めた顔して言ったの。

しっかりしてて、まだ幼いのにあんまり我が儘を言わなくて。次期当主としての心構えが既に出来ちゃってる様な……あの樒ちゃんがだよ?伽羅姉さま、樒ちゃんのの願い、叶えられないかな。私は、叶えてあげたい」

山茶花……」


ぎゅっと両手を胸元で握り締めて、山茶花は真摯に伽羅へと懇願の意を示してきた。気持ちは嬉しい。とても嬉しい……だが、自分はもう、後は次世の育成をして朽ちるだけの存在だ。それだけなのだ。

きっともし行ったとしたら、梔子と山茶花は命を賭して、一番荷物になる私を守るだろう。

それは駄目だ。終わる自分が、これからも生きる皆の迷惑になりたくない。私のせいで、家族がもし死ぬなんてことはごめんだ。あってはならない。


答えあぐねて口を開いては閉じるなんて無様なことをしていると、山茶花は悲しそうに眉尻を下げていった。

 

(ごめん山茶花、ごめん。天秤にかける間もいらない、あんた達の命のが大事だから。ごめんね)


胸中で謝っていると、後ろから不意に肩を叩かれた。申し訳なさで胸が溢れそうになる気持ちの中振り返ると、そこにはさっきと変わらない、にやけた顔のままの梔子が居た。

……どこか今のこの場とはずれた笑みを浮かべる相棒に、伽羅ははっきりと、何かを企んでいる気配を察した。


「……梔子、顔が可笑しなことになってるよ」

「あ、まじ?いやあ悪ぃな、つい」


軽く指摘してもどこ吹く風。思わず軽くムカつきをおぼえる。

普段はつるんで馬鹿をやっている側だから認識していなかったが、この男に何かされる側に回ると、こうもウザく感じるなんて伽羅は知らなかった。

いつもこの梔子と更に自分を相手にしている芥子は、相当に面倒だっただろう。二倍に感じていたに違いない。いつも貴重なツッコミ役をありがとう。


にやにやとした不敵な笑い顔を更に深めると、梔子は山茶花の隣に座り肩を叩いた。


「そう悲しい顔しなくていいぜ山茶花。伽羅は必ず出陣する」

「梔子兄さま……」


自信満々に、己の発言に一切の不安の色無く梔子は宣言した。山茶花は明確に言い切る兄に少しだけ不安そうな顔を見せながらも、お願いねと梔子に伽羅への説得を頼み、気持ち後ろに下がる。


「最初に宣言する。伽羅、お前は絶対に出陣するぜ?」

「いや、宣言されてもだよ。あたしは行かないから。何でそんなに強気に言えるの?」


飽きれ半分、得体の知れなさ半分の気持ちが、伽羅の心を占める。

行かないと決めている自分に一歩も引かない梔子が全く理解出来ず、己の範疇を超える何かを仕出かしそうにしか見えなくて、気味が悪い。


そんなの簡単な理由だと梔子は挑発的な笑みへと色を変え、伽羅を指さしてはっきりと答えを言い切った。


「そんなの決まっているだろ?  お前が、百鬼伽羅だからだよ」

「…………」


意味が分からない、言外にそう態度に表して伽羅は黙る。あと人を指刺すな。

そんな伽羅の様子にも焦らず、梔子は余裕綽々に語りだした。


「なあ伽羅。最初に言うけど、今お前は自分が矛盾していることに気付いてないだろ?」

「……矛盾?」

「そ、矛盾。伽羅が討伐前の家族会議で言ったことと、今の自分。ちょっと比べて考えてみろよ」


絶対に気付かないけどな。そう言い切る梔子に戸惑いを感じながらも、伽羅は先月初頭の自分と、今の自分を比べてみる。

討伐会議の時は、今とは違い出陣を願う側だった。芥子に命じてお願いして、そして四人に出陣を命じた。今の自分は、二人に出陣を願われる側だ。思いの丈をぶつけられても、それでも首を振っていない。願う側か、願われる側か。その違いと言うことだろうか……。


当たりを付けてみるも、たったこれだけの違いで梔子が強気に出ているとは思い難い。

眉を顰めて考え続ける自分を見て、梔子はそうなると分かり切っていたような、余裕そうな笑みを浮かべた。

本当に検討つかない。今と先月で何が違うのか、何で梔子は強く言えるのか。自分のことを言われているのに、伽羅は己に対して言われているという実感が湧かなかった。


「わからないか?」

「悔しいけど……、うん。わかんないや」

山茶花は分かったか?」

「ううん、私も全然分からないわ」

「まあそうだろうな。おれだから気付けたんだと思うし?」


相棒だからなと胸を張る梔子とは違い、伽羅も山茶花も頭に疑問符を浮かべるばかりだった。


「本当にいったい何?

あたしの何処が矛盾してるっていうの?」

「してるんだよ伽羅は。してるのに目を逸らしてるから気付かない」


明確に自分は矛盾していると言われ、伽羅は僅かに苛立ちを感じた。目なんて逸らして生きているつもりはない、なんでお前が言い切れるのだと。

その感情が表面に浮き出たのか、梔子は自信気な態度を潜めて申し訳なさそうに謝った。


「悪ぃ、イラつかせる気はなかったんだ。

全部話すから、それを聞いてそれでも伽羅が違うと思ったらおれにぶつけてくれ」

「あーいや、こっちこそイラついてごめんね?」

「いいや。じゃ、お互い様ってことで痛み分けな。

あのな伽羅、おれはお前を最高の相棒だと思っている。この家に来て母さんに紹介されてからずっと一緒に居た。今では一番伽羅を知っている人間だと自負してる。勿論、伽羅より伽羅を知っている自信があるぜ?」


自慢げに胸に手を当てて言い切る梔子を見て、自分もそうだと伽羅は思った。

7ヶ月の時に、海蘭姉の後ろから出て来て一気に自分へと飛び込んできた小さな弟、いつの間にか何をするにも何処に行くにも一緒の大きな存在になった相棒。自分も、梔子よりも梔子を知っている自信がある。


「だからあー……………あ、山茶花

「っえ?なに兄さま」


突然声を掛けられて驚く山茶花に、気まずそうに視線を彷徨わせた後に梔子は大きく手を合わせて謝った。


「悪い!  伽羅と二人で喋りたいことがあるんだ。ほんとーーーーに悪ぃんだけど、ちょっとだけ二人きりにして貰っていい?」


梔子は本当にごめん、と深く頭を下げた。

伽羅はと言うと、そんなに自分は山茶花にも言えないような矛盾を抱えているのかと、内心恐々とした気持ちに襲われていた。

謝り倒す梔子に少し困った顔をした後、山茶花は小さくうんと頷き、その場を立ち上がり襖の前へと立つ。


「私に言えない様なことなら仕方ないよ。その辺を散歩してくるから、終わったら必ず教えてね」

「教える!  絶対に教える!」

「それと、必ず伽羅姉さまを説得すること。

いい?  梔子兄さま」

「おう、任せとけ!!」


勢いよく親指を立てる梔子と戸惑う伽羅に笑って別れを告げ、山茶花はついでとばかりに空になったせんべいのお皿を片付けて去って行った。

山茶花の足音が遠く消え去った後、伽羅は恐る恐ると尋ねた。


「ねえ梔子、あたしそんなに人に言えないような矛盾してんの?」

「まあ落ち着けって。それも今から言うこと聞いたら絶対納得出来っから」


とうに温くなったお茶に口をつけて伽羅が気持ちを落ち着かせていると、梔子はそんな伽羅を面白そうに見つめながら尋ねてきた。


「家族会議で自分が芥子に言った啖呵の内容、覚えてるか」

「たった一ヶ月前のことだよ?  覚えてるよ」


温いお茶全てを飲み干して、伽羅は呆れた目付きで梔子に言った。流石に一ヶ月前の、しかもあんなに大声でぶちまけたことだ。忘れる訳が無い。

今に思えば芥子を安心させる為とは言え、感情を表に出し過ぎた気がしている。


眼鏡で分かりにくいが、梔子は伽羅の発言に満足そうに目じりを下げて笑った。


「なあ。あの時言った言葉、簡単にで良いからもう一回今おれにも言ってくれね?」

「……あの時の言葉が関係してるってこと?  いいよ。

あたしは当主の浅葱こと百鬼伽羅。悲願達成の為にあんた達を使う人間。一族は大きなナニカに振り回される存在。振り回すのは考えすぎというかそう思いたいけど、もしそういうナニカがいてそついらからしたら、あたし達は人形かムシケラか畜生か。

違う、絶対に違う。あたし達は振り回されるモノだけど人間だからイシがある。だって、……生きてんだから」


この言葉が、矛盾と関係あるのだろうか。

一言一句覚えている訳では無い故に、簡略化や少し違う箇所もあると思うが、大まかになんて言ったかは覚えている。それなりに、梔子の期待通りにこの前の言葉を言えていることだろう。


伽羅は記憶を掘り返し言葉を紡ぎながら、ナニカに対する不快感と怒りを思い出す。あたしが知っている限りの振り回すナニカ達、鬼だか神だか人間だか。

これは、明確に言語化はしない。したくない。被害妄想ということにしておきたいから。そうでないと……自分は、鍵をして鎖で雁字搦めにした、開けてはいけないモノを開いてしまいそうだから。


湯呑みを握る手に力が籠る。今の自分は、きっと凄い顔をしているのだろう。梔子は静かに聞いていて何も言わないが、眉間に皺が寄っているのが分かる。


「芥子の怖がる気持ちは、優しいあの子だから抱く素敵なもの。こんな一族だからこそ、大事なもの。

……ここには本人居ないから言うけど、あの時芥子はさ。自分のせいで誰か死んだらとか、迷惑かけたら嫌だとかそういう、こと、を…………」


はたと気付き、伽羅はゆっくりと口を閉ざした。

──────これ、今あたしが考えていること一緒じゃないの?

 

自分は、討伐隊と共に行ったら荷物になると考えた、迷惑になると。自分のせいで、誰かが死ぬなんて嫌だって思った。家族のが大切だから。


無意識に梔子へと視線が行く。視線がかち合うと、片割れの赤色は、少しだけ口元をほころばせた。青い目は、まるで自分を見透かしているように伽羅には見えた。


「────続き」

「え……」

「まだ全部、あの時の内容言ってないだろ。続きは?」


全部言い終わるまで、追求しないのだろうか。それともまだ、自分は矛盾点があると言うのか。いいや、いいや。そんなことは無い。

伽羅はさながら己を落ち着かせるかの如く、自分の中で言葉を次々と浮かばせていった。


芥子の場合は、戦力的にも芥子じゃないと駄目だった。だが自分のこの出陣するかどうかは、一族の為に必要のないことだ。だから違う。

それに己は、自分のせいで家族に迷惑をかけることを芥子みたいに苦しくなんて思っていない。嫌だと思っているのだから。百鬼伽羅は自分本位な性格だ。芥子みたいな繊細な優しさを持ってなんか無い。無いのだ。


……違う違うと言葉を並べている様は、まるで図星をつかれて言い訳をしている子供みたいで。己の冷静な部分が、そんな嫌なことを言ってくる。


「……?  伽羅、どうかしたか?」

「あっ、ううん!  なんでもないよ。それより続きでしょ?」


痺れを切らしたのか、梔子が再度促して来た。そうだ、取り敢えずは続きを言おう。言っている間に、冷静さを取り戻そう。

伽羅は記憶を遡り、己の言った言葉の続きを話す。


「あたしは当主、使う人間。出陣させない、なんてことは出来ない。

あたしは自分と家族が振り回されて、イシも無く終わるなんて嫌。生き抜くには力がいる。この選択がモノ共のイシ通りだとしても、こんな世の中じゃ、弱いと自分を貫ぬくことも出来ずに死ぬだけ。

考え過ぎって言いきれない世界だから。こんな世界で自分達を守って戦うには、どんな力でも必要だから。

……あたしは、家族が振り回されて死ぬなんてことは絶対にいや」


梔子の方を見て語るのが何だか気まずくて、少しずつ視線を下げながらあの時の啖呵をなぞり終える。しゃんと梔子と目を合わせて話していたのに、今は膝に置いている、タコや潰れた豆だらけの綺麗じゃない手しか見えない。


話したおかげで少しは落ち着いた。だが今度はこれから何を言われるかが考えたくなくて、違う理由で落ち着かない。

意味もなく手をさすっていると、伽羅、と梔子から名前を呼ばれた。伽羅は最後の悪あがきなのか、殊更にのろのろゆっくりとした動作で顔を上げた。


「ん、全部言ってくれてありがとな」

「……どういたしまして」


珍しく穏やかに話す梔子とは対照的に、伽羅は己の顔も声も固くなっているのを感じた。

ついに何を言われるのか……無性に、耳を塞ぎたくなってしまうのは何故なんだろう。


「そう怖い顔すんなって。おれは常に伽羅の味方だぜ?」

「味方なのは知ってるよ。相棒だからね」

「ははっ、そーだな。

伽羅お前さ、自分でも気付いてることともう一つ。お前は二つも矛盾してんだよ」


指で二と表した梔子は、伽羅を刺激させない為だろうか。子供に言い聞かせる様に優しく、順序立ててこんこんと話し出した。


「まず一つ目。伽羅が言っていた通り、今の伽羅はあの時の芥子と同じ考えになってる。

あのな、人間生きてりゃ誰だって迷惑は掛けるんだよ。掛けるのがフツー、当たり前だ。だから人は人の迷惑を受け入れることが出来んだよ、世の中そういう仕組みになってんだからな。煩わしく思う訳が無ぇ」

「もし行っておれ達の誰かが死んだとしてもな、その死はそいつのモンなんだよ。人間はどいつもこいつも、最後はそいつの天命で死ぬんだからな」

「いいかー伽羅。そのことを悲しむのはいいけど、それを自分のせいでって思うのは死んだヤツへの侮辱だからな?

おれ達は皆、鬼を倒すために戦って力を付けた。努力してきた。それでも死んだなら、そいつはそういう運命だったってことだ」

「伽羅だってさ、自分がもし死んで、それを家族が自分のせいで伽羅が死んだって感じてたらどう思う?  ……それは違うって、そう思うだろ?  自分が死んだのは自分のせいだって。それはお門違いだって」

「なあ、おれが言っていること、理解出来るよな?  あの時の芥子に伽羅が感じたことは、今おれが言ったことと、そう違いは無ぇんじゃねえの」


その言葉を受け、自分は七ヶ月も年上な筈なのに納得出来る内容なせいで、伽羅は幼子みたく扱われても何も言い返せなかった。

自分があの時の芥子に思ったことと、今梔子が言っていることが大概一緒だからだ。ぐうの音も出ないとは正にこのことだろう。


伽羅が小さく頷いて返事をすると、梔子は分かったならいいと満足げに笑って応えた。


「よーし、次に二つ目だ。

二つ目は、伽羅が自分が嫌がってたモノみたいになっていること。

おれにはどーーーにもさあ、自分が嫌がってた人形や道具みたいになっているように見えんだよ。今の伽羅が。だから矛盾して見えんだ」

「…………あたしが?  なんでそんな、どこがそう見えるの……?」


二つ目とまた指を二本立てている梔子の言葉に、全く想像も付かなかったことだったせいで伽羅は目を白黒させることしか出来なかった。


よく口にしていたせいで分かり易かったかも知れないが、百鬼伽羅というこの生き物は、人間であることに矜恃を持っている。

呪い持ちで神との混じり子であろうが、他者との関わりを慈しみ、深く世界を彩る感情を持っている自分は間違いなく人間だと、胸を張って伽羅は言える。

だからこそ、伽羅は分からなかった。自分は自分を人形や道具だなんて、これっぽっちも思っていない。……そういう風に見てるヤカラ共なら違うかも知れないが。


やっぱり分からないかと苦笑いした梔子は、またしても言い聞かせるように伽羅に話し出した。その内容はとても相棒らしい、思うままに生きる梔子らしいものだった。


「お前は当主だからさ、なーーーーんにも!  しがらみも無いおれ達と比べて、色々押し殺さないといけないモンがあるのは分かる。知ってる。相棒だからな」

「だけど、今の……いや昔からそういうとこあったけど、最近の伽羅は、押し殺し過ぎて一族の道具みたいになってるようにしか見えないんだよ。百鬼一族の人間じゃなくて、一族を回して行くためのお人形みたいだ。

元々お前が空気読むのが得意な人間なのは知ってるぜ?  先を見据えて、あえて馬鹿やることがあることも。別に程々だったらおれは何にも言わねえよ。でもさあ、今からおれの言うことを否定出来るか?」

「出陣したい、でも自分は年老いたから退かないといけない。子供の成長を見守りたい一緒にいたい、でも使命の為にこの気持ちは邪魔だから殺さないといけない。おれ達とまだ一緒にいたい生きたい死にたくない、でも呪いのせいでそんなこと出来ない。

────大江山に行ける可能性が出てるせいだろうけどさあ。そーいうこと考えてる暇があったら、おれ達が朱点童子を倒せるために自分を使ってる方が皆のタメになる、なんて思ってんだろ」

「ははっ、そりゃそうだって顔してんな。気持ちは分からねえことはねえ。

だがな?  おれは、その考えが、気に食わねえ。人間のくせに、テメェを使おう諦めようなんざ、本当にそういう思考して人形じゃねえって言いきれると思ってんのか?」


…………何ともまあ酷い言われように、伽羅は瞬きすることしか出来なかった。確かに梔子の言う通り、伽羅は寿命が近いのもあって自分よりも家族を優先している。だが仕方が無いことではないだろうか?  伽羅は家族が好きだ、だから生きて欲しい。終わる自分よりも、先がある家族を大事にして何が悪い。

自分の好きなモノを優先して取捨選択するなんて、人間誰しもする、こと、だ…………ああ、成程。そういうことか。


伽羅はそこまで考えて、梔子が矛盾していると言ったことの意味を、やっと身をもって理解出来た。客観的に、自分の身振りを見れた。


(あたしは傍からみたら、人間って言葉を都合よく使って自分を捨ててるように見えるんだ。

好きなモノを優先するのは人間だから当たり前ーって、ワガママを通り越して虫が良すぎる。

……確かにこれは、自分の家族がそういうことをしてたら気に食わないよねえ。

あたしだって、家族がそんなことしてたらムカつくよ)

 

それでも今、自分が家族を優先するのを止めたくない気持ちがある。だって生きて欲しいから。

去年大江山の門が閉じた時、自分と梔子と芥子の三人が生きている可能性は低いと思っていた。開くまであと半年もある、二人がそれまで生きているかは分からない。だが、 現在の皆の実力なら、朱点童子を倒せる可能性は高いと伽羅は考えている。

………だから絶対に間に合わない自分なんかより、より可能性を高める為に家族のことを考えても良いじゃないか。そう思っても、仕方ないじゃないか。


今の自分は、きっと苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。強ばっているのが感じ取れる。

梔子はそんな顔をしている伽羅を見て、ようやく理解出来たのかと憂いが晴れた顔色になった。


「やーーっと理解出来たか?」

「……うん。理解したくないけど理解出来た。梔子の立場だったら、あたしもそう同じ気持ちになったと思うよ」

「それでも納得したくなさそうな顔してる辺り、伽羅は頑固だよなあ」

「あたしがそういう性格なのは知ってるでしょ?  相棒」

「ああ知ってる。だからこそ、どう切り込めばその考えを捩じ伏せられるかも分かっているんだぜ?  相棒」


むかつく笑顔で宣言する梔子に、ヤケクソでやれるのもならやってみろと対抗するかの如く笑い返した。もし自分を納得させて出陣させる気に出来ないのなら、その時は耳飾りを引っ張ってやる。


いつの間にか、粛々としていた場の空気は散開した。二人の間にはいつも馬鹿話をしている時のような、和やかな雰囲気を満たしていた。


「人間代表の我らが当主に進言しよう。長が人間を押し殺す姿を一族に見せ付けるのは如何なものか?  おれらは人間だ。その頭目である当主が人間らしく、不合理だが人情に沿った行動してる方が、よっぽどおれ達好みじゃないか?何せおれ達は人間なんだからな!」

「それにもし今年大江山がムリだった場合、おれを含め何人かは死ぬ。そうなったら今の当主みたく、自分を押し殺すヤツは必ず出てくる。そうなりそうな家族達に心当たりがあるだろ?」

「だからこそ伽羅が示せよ。人間らしく、不合理で不条理な姿をさ。おれ達は使命の道具じゃねえ、人間味しかねえことをしようぜ?

お前がそうした姿を遺してくれたら、響くヤツらは必ず出る。勿論おれも含めてな」

「おれはそうしたい。山茶花もそうしたい。樒もそうしたい。話せば芥子も恒も同意すると思うぜ?」

「さあ相棒、この手を取れよ。最高な生き様を遺そうぜ」


伽羅が手を取ることを一ミリ疑わない、信頼を持って梔子は手を差し出した。

…………降参、降参だ。伽羅は心の中で白旗を上げた。そんなことを言われたら、手を取るしか無いじゃないか。

 

(よくここまであたしを折れるポイントをついてこれるなあ。尊敬するよ)

 

鬱屈した気持ちはとうに消えた。負けた気分になっているのに、なぜだか清々しい。人間に固執している自分にそんな言葉を持ち掛けられたら、手を取るしか無いじゃないか。家族が好きな自分にそんな言葉を持ち掛けられたら、手を取るしか無いじゃないか。

 

負けた。分かった、その手を取ろう。でも折角手を取るなら、より自分好みにやりたい。最後に自分達らしく、馬鹿で前のめりな問答をしよう。


もう伽羅の中には出陣しないという選択肢は無くなっていた。楽しそうに明るい顔で、伽羅は梔子といつも見たいな軽口を叩く。


「あたしが行っていいんだね?」

「ああいいぜ。勿論だ」

「死ぬ気で戦おう。死力を尽くして戦おう」

「ああ当然だ、楽しく死合てこうぜ」

「ねえ相棒」

「なんだ相棒」

「それでもやっぱり、死んだら許さないからね?  そんなことになったら、何としてでもこっちに引き戻してあげる。死んだら殺してやるから」

「へえ、いいな。最高の殺し文句だ。おれも相棒が死んだら殺してやるよ」

「あははっ、とーぜん。頼りにしてるよ?」


大きく音を立て、力強く梔子の手を取った。互いの瞳に、好戦的な顔をした己が映る。


(当主としての使命は忘れた訳じゃない。でもやっぱり、あたしはこういう人間だから。それなりに好きに生きて死のう)


脳裏にまだまだ成長中な、可愛い家族達の姿が浮かぶ。少しでも、自分の生き様を見て、何か感じてくてたら嬉しい。


本当にどうなるかは分からない。それでも、皆がいるなら大丈夫。伽羅は晴れやかな気持ちで、来月の出陣を思うのだった。

 

 

 

 

 

『当主、支え、知識、矛……。

あ、山茶花のお母さんが何の役割か言ってなかったよね。でも矛ってきたらわかりやすいんじゃない?

うん、せーかい。山茶花のお母さん……鹿子姉は、一族を守る盾であることに拘ってた。戦いだけじゃなくて、周囲の悪意とか恐れからもあたし達を守ってくれてたっけ。懐かしいなあ。

山茶花は鹿子姉からその考えを聞いていたのか、それもあってあたし達の盾であろうしてるんじゃないかな。

それにあたし達の世代では末の子だからこそ、守りたい意識が強いんだと思う。ほら、末ってことはさ、あたし達四人は必ず先に居なくなるでしょ?それに少しでも抗いたんじゃないかな。

とまあ、役割の話はこれで終わ……………………え、なにその顔。あ、梔子?  いやあそこの役割分かりやすいじゃん。前言ったじゃん。

言わなくてい…………ねえ無言の圧力やめて?  分かった喋るから。

──梔子のお母さん、海蘭姉はね。当主の支えであることが自分の役割だって思ってた。梔子みたく相棒って感じでは無くて、そうだなあ……右腕、って言葉が一番適してたかな。

梔子……梔子はねえ、あいつは支えであることは拘って無いよ。断言出来る。あたしにも言えるけど、代わり相棒って意識が強い。

ああでも、意識せずに梔子が海蘭姉と似たような立ち位置になったのはしょうがない気がするよ。初めて顔合わせしたその日にビビビってきちゃったんだよね、お互いに。あ、この子絶対仲良くなれるー……みたいな?

────これは想像も入っているけど、先代の頃はまだ何もかも始めたばかりで、恐怖や苦悩が多かったみたいなんだ。

だからみんな、縋れる為の、何かしらの役割を自分に課したんじゃないかな……ってあたしは考えてる。

この前も言ったけど、あたしはあんた達には自由に生きて欲しい。どんなこともさ、考え過ぎは体に毒だよ。身をもって言える。

……だからあんた達には、自分の好きなようにして欲しい』

 

 

 

 

 


お願いね、そう言い終えると、喋り疲れたのか彼女は眠ってしまった。

……最近、横になっている時間が増えた。隠そうとしているが、苦しそうに胸を掴んでいることも増えている。そろそろ、覚悟を決めないといけないのだろう。

役割なんて、自分は彼女達程気にしていない。だがこういう世代を超えて継がれていったモノが、そうそう消えはしないと理解している。

これがどうなっていくのかは、正しく神のみぞ知るというものだ。

起こさないように気を付けて、そっと彼女の手を握った。幼い頃と比べて大きくなった己の手は、簡単に彼女の手を覆う。昔から軽々と薙刀を振るい、優しく引いてくれた彼女の手が好きだった。この手に温度が宿っているのは、あと何日なのか。

……感傷に浸る暇があるのなら、その時間を鍛錬に使う方がよっぽど世のためだ。しかし自分は彼女の言う通り、彼女と同じ人間だ。

だから人間らしく、少しくらいなら感傷に浸ってもいい問題無い筈だ。

なあそうだろう、───────────母さん。